電子エントロピー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/14 02:11 UTC 版)
「標準モルエントロピー」の記事における「電子エントロピー」の解説
室温またはそれ以下の温度では、電子励起状態のエントロピーへの寄与は無視できることが多い。このとき、電子状態のエントロピーへの寄与は温度に依らない定数となり、次式で与えられる。 S m,elec = R ln g 0 {\displaystyle S_{\text{m,elec}}=R\ln g_{0}} ここで g0 は電子基底状態の縮退度である。たとえば希ガス、第2族元素および第12族元素(単原子気体)など、原子の基底状態が 1S であるものは g0 = 1 であり、電子エントロピーはゼロである。第1族元素および第11族元素(単原子気体)など基底状態が 2S であるものは g0 = 2 より、電子エントロピーは 5.76 J K−1mol−1 となる。一般に、電子励起状態からの寄与が無視できて、かつ、電子基底状態の軌道角運動量がゼロである場合の電子エントロピーは S m,elec = R ln ( 2 S + 1 ) {\displaystyle S_{\text{m,elec}}=R\ln(2S+1)} で求められる。ここで 2S + 1 は原子、イオンまたは分子の基底状態のスピン多重度である。閉殻の原子、イオンおよび分子は不対電子を持たないため、これら閉殻の化学種のスピン多重度は 1 であり、また軌道角運動量はゼロである。さらに、閉殻の電子配置を励起するのに必要なエネルギーはきわめて大きいので、室温またはそれ以下の温度ではこれらの化学種は事実上すべて電子基底状態にある。よって、閉殻の原子、イオンおよび分子では、電子エントロピーはゼロである。 化学的に興味のある分子のほとんどは、不対電子を持たないため Sm,elec = 0 である。不対電子を持つ分子の場合は、そのほとんどすべての場合において軌道角運動量を持たないので、電子エントロピーは Sm,elec = R ln (2S + 1) で与えられる。例えば 二酸化窒素 NO2 のように、不対電子をひとつだけ持つ分子では 2S + 1 = 2 なので、Sm,elec = 5.76 J K−1mol−1 となる。不対電子をふたつ持つ酸素分子 O2 の基底状態はスピン三重項なので、酸素では Sm,elec = 9.13 J K−1mol−1 となる。 軌道角運動量がゼロでない原子の場合は、スピン軌道相互作用により基底状態の縮退が部分的に解けるため、電子エントロピーの計算は複雑になる。例えば第14族元素の原子の基底状態は、最外殻の電子配置が s2p2 だから、フントの規則により 3P となる。スピン軌道相互作用を無視する近似では、この基底状態は9重に縮退しているので Sm,elec = R ln 9 = 18.27 J K−1mol−1 になる。スピン軌道相互作用を考慮すると 3P は、3P0, 3P1, 3P2 に分裂する。第14族元素の原子では、3P0 が基底状態となるので、g0 = 1 であり、スピン軌道相互作用が十分に大きくなると電子エントロピーはゼロになると予想される。スピン軌道相互作用は原子が重くなるほど大きくなることから、したがって、C, Si, Ge, Sn, Pb と周期表を下がるにつれて電子状態の寄与が R ln 9 からゼロへと近づくと考えられる。以下に示すように、この予想は正しい。 一般に、電子励起状態からの寄与が無視できない場合には、電子エントロピーは温度の関数となり、次式で与えられる。 S m,elec ( T ) = R ( ln Q elec ( T ) + T d d T ln Q elec ( T ) ) {\displaystyle S_{\text{m,elec}}(T)=R\left(\ln Q_{\text{elec}}(T)+T{\frac {d}{dT}}\ln Q_{\text{elec}}(T)\right)} ここで Qelec(T) は電子状態の分配関数であり、i 番目の励起状態の縮退度を gi , 基底状態とのエネルギー差を Δi として次式で与えられる。 Q elec ( T ) = ∑ i = 0 g i exp ( − Δ i / k T ) {\displaystyle Q_{\text{elec}}(T)=\sum _{i=0}g_{i}\exp(-\Delta _{i}/kT)} ここで i = 0 は基底状態であり Δ0 = 0 である。g0 は基底状態の縮退度を表す。例えば第14族元素の原子について、3P0, 3P1, 3P2 の三準位を考えた場合は Q elec ( T ) = 1 + 3 exp [ − ( ϵ 1 − ϵ 0 ) / k T ] + 5 exp [ − ( ϵ 2 − ϵ 0 ) / k T ] {\displaystyle Q_{\text{elec}}(T)=1+3\exp[-(\epsilon _{1}-\epsilon _{0})/kT]+5\exp[-(\epsilon _{2}-\epsilon _{0})/kT]} となる。ここで ε0, ε1, ε2 はそれぞれ 3P0, 3P1, 3P2 のエネルギー準位である。この式に原子スペクトルから得られる ε1 - ε0 と ε2 - ε0 を代入して、298.15 K における電子状態のエントロピーへの寄与を計算すると、C, Si, Ge, Sn, Pb に対してそれぞれ 18.24, 17.53, 5.61, 0.07, 0.00 J K−1mol−1 となる。炭素原子の Sm,elec は、ほぼ R ln 9 であってスピン軌道相互作用を無視したときの値に近い。それに対して鉛原子では、電子励起状態からの寄与は室温では完全に無視できることがわかる。
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