難を免れた者
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/29 17:23 UTC 版)
有力大名 浅野長政 - 秀吉の勘気を蒙るが、既に子の幸長に家督を譲っていたため具体的な処分はなし。後に一時期、五奉行として復帰。 毛利輝元 - 俗説であるが、前述の石田讒言説では、事件の発端となった密告を行ったように書かれた。秀次から多額の借金は事実だが事件との関連は(俗書以外には)見つかっていない。特段、処罰も受けなかっただけでなく、『吉川家文書』をみると秀次切腹の理由すら教えてもらえなかったようである。 最上義光、細川忠興、伊達政宗 - 最上家、細川家、伊達家らは、秀次と縁が深かったが、徳川家康の取り成しで改易などの処分からは免れた。 与力大名等 田中吉政(元家老) 中村一氏(元家老) 山内一豊(元家老) 堀尾吉晴(元家老) 徳永寿昌(家老) 大崎長行(木村重茲家臣。) 若江八人衆 大場土佐(石田三成の家臣となる) 大山伯耆(石田三成の家臣となる) 高野越中(石田三成の家臣となる) 藤堂良政(秀吉の命により従兄弟の藤堂高虎の下で蟄居。のち藤堂高虎の家臣) 前野忠康(舞兵庫)(石田三成の家臣となる) 牧野成里(石田三成の家臣となる) 森九兵衛(石田三成の家臣となる) 安井喜内(前田玄以の家臣となる)
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