鄭成龍とは? わかりやすく解説

鄭成龍

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/01/31 02:21 UTC 版)

鄭 成龍
名前
愛称 ソンリョン、ソンちゃん
カタカナ チョン・ソンリョン
ラテン文字 JUNG Sung-Ryong
ハングル 정성룡
基本情報
国籍  大韓民国
生年月日 (1985-01-04) 1985年1月4日(41歳)
出身地 京畿道城南市
身長 191cm
体重 91kg
選手情報
在籍チーム 福島ユナイテッドFC
ポジション GK
背番号 78
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2003-2007 浦項スティーラース 29 (0)
2008-2010 城南一和天馬 86 (0)
2011-2015 水原三星ブルーウィングス 150 (0)
2016-2025 川崎フロンターレ 273 (0)
2026- 福島ユナイテッドFC
代表歴2
2005  韓国U-20 5 (0)
2007-2008  韓国U-23 25 (1)
2008-2016 韓国 67 (0)
獲得メダル
サッカー
オリンピック
2012 ロンドン 男子
1. 国内リーグ戦に限る。2025年12月24日現在。
2. 2016年9月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鄭 成龍(チョン・ソンリョン;: 정성룡1985年1月4日 - )は、大韓民国京畿道城南市出身のプロサッカー選手[1]Jリーグ福島ユナイテッドFC所属[2]。ポジションはゴールキーパー(GK)。元韓国代表

日本ではソンリョンと表記される場合がほとんどだが正しい読み方はソンリョンではなくソンニョンである。

クラブ経歴

プロ入り前

京畿道城南市で生まれる[1]。小学5年生のときにサッカーを始め[3][1]、中学2年生でゴールキーパーに転向する[3][1]。高校は済州島にある西帰浦高校に進学[1]

クラブ経歴

2003年にKリーグ浦項スティーラースに入団。最初の3年間はチームに韓国代表の金秉址がいたため公式戦出場はなかったが、金秉址が移籍した2006年からは出場機会を得て[1]申和容とポジションを争うようになった[3]。浦項がリーグ優勝した2007年シーズン、鄭成龍は代表での活動や負傷もあり出場数は多くなかったが、プレーオフでは5試合すべてにフル出場した[3]。2008年に城南一和天馬(現:城南FC)に移籍[1]。兵役でチームを離れた金龍大の後釜として加入し[4][5] 正GKとして安定したプレーを続けた。移籍3年目の2010年にはAFCチャンピオンズリーグに優勝した[1]

2011年に水原三星ブルーウィングスへ完全移籍[1]。ここでも正GKの座を守り5年間プレーしACLにも3度出場した。

2016年よりJリーグ川崎フロンターレに完全移籍[6]。同クラブにとっては初の韓国代表選手となる。加入1年目からレギュラーとして出場した。

2017年、守護神としてポジションを確立すると、シーズンを通して安定したパフォーマンスを発揮しクラブ初のリーグ優勝に貢献。

2018年もレギュラーとして出場し2年連続のリーグ優勝に貢献、自身もJリーグベストイレブンに初選出された[7]

2019年4月14日のサガン鳥栖戦でリーグ通算100試合出場を達成した[8]。夏頃からパフォーマンスの低下により、新井章太にポジションを奪われ控えに回った。その後、第33節の横浜F・マリノス戦で久々のスタメン出場を果たすも、チームは1-4で敗れた。

2020年は新井の移籍に伴い、ポジションを再確保すると、ハイパフォーマンスを披露。来日後初となる、リーグ戦全試合フル出場を果たし、自身2度目となるJリーグベストイレブンに選出された[9]

2023年、上福元直人が加入し、9節からの10試合は上福元が先発で起用されたが[10]、その後はレギュラーに返り咲いた。同年の天皇杯決勝の柏レイソルとの対戦では、細谷真大との1対1の場面を好セーブで防ぐと、PK戦において、10人目のキッカーとしてPKを成功させ、柏の松本健太のPKをセーブし、優勝に貢献した[11]

代表経歴

2006年に初招集されたものの、当時は正GKの李雲在だけでなく、金龍大金永光といった実績のあるメンバーがいたためベンチにすら入れない機会が続いた。

しかし2007年末に李がトラブルを起こし、2年間の代表出場停止処分となったため、2008年1月30日チリ戦で代表デビューを飾る。その後も2010年FIFAワールドカップのアジア地区予選7試合に出場し3失点に抑えた。同年の北京オリンピック代表にも選ばれ全3試合に出場したが、1勝1敗1分けの3位で決勝トーナメント進出はならなかった。

李の復帰後はベンチに入る機会が多かったことから、本大会でもベンチに入ることが確実視された。しかし、李の不調や鄭成龍が瞬発力と空中戦に強さがあることから、本大会では正GKに抜擢され、全4試合に出場。決勝トーナメント進出を果たした。李は大会後に代表を引退し、その後は鄭成龍が正GKとして定着している。

2012年のロンドンオリンピックにもオーバーエイジ枠として選ばれ、グループリーグでは全試合に出場、1失点に抑え1勝2分けの2位で決勝トーナメントに進出、準々決勝では地元・イギリス相手に1-1の場面で勝ち越しを許すピンチの場面でアーロン・ラムジーのPKをセーブ、その後自身は後半途中に負傷し、李範永と交代、その後PK戦にもつれ込んだが、李が5人目のダニエル・スタリッジのシュートを横っ飛びでセーブし、韓国は初の準決勝に進出した。準決勝のブラジル戦では負傷の関係もあってベンチだったものの、3位決定戦での日本戦では再びスタメンに復帰、無失点に抑え、アジア勢では1968年メキシコシティーオリンピックでの日本と並ぶ、韓国史上初となる銅メダルを獲得した。

この活躍により、オリンピック韓国代表の監督を務め、2014 FIFAワールドカップ出場決定後に崔康熙の後任として、代表監督に就任した洪明甫の信頼を掴み、2013年頃からリーグ戦での不調や安定感を欠く場面が見られたが、2014 FIFAワールドカップ本大会でも正GKの座を勝ち取った。 しかし、初戦のロシア戦では1点リードを守り切れず、勝ち点3を逃すと、第2戦のアルジェリア戦では自身の判断ミスもあり、4失点で敗戦、最終戦のベルギー戦ではKリーグで最高の防御率0点台を記録した金承奎にスタメンの座を譲った。韓国はベルギーにも敗れ、1分け2敗の勝ち点1の最下位に終わり、2大会ぶりの1次リーグ敗退、未勝利での敗退は1998 FIFAワールドカップ以来16年ぶりの出来事であった。

W杯終了後は代表から遠ざかっていたが、2016年9月に行われるロシアW杯最終予選中国代表シリア代表戦のメンバーに選出された。中国との試合に先発出場を果たしたが、シリアとの試合では控えとなり、その試合以降は代表に選出されていない。

エピソード

  • 2008年7月27日、北京オリンピック代表でのコートジボワールとの親善試合で、自陣からのロングキックがそのまま相手ゴールに入った。
  • 私生活においては、2008年に結婚。妻は2006年度のミス・コリア。南アフリカワールドカップ中の6月18日に長男が産まれた。そのこともあって大会中、チームがゴールを決めると、「ゆりかご」のダンスをした。
  • 2017年には川崎フロンターレの副キャプテンを務めた。
  • 2018年度JリーグAWARDS表彰式の壇上で、「憧れの選手は川口能活」と答え、会場を沸かせた。

個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
韓国 リーグ戦 リーグ杯 FA杯 期間通算
2003 浦項 Kリーグ/
Kクラシック
0 0 - 0 0 0 0
2004 0 0 0 0 0 0 0 0
2005 0 0 0 0 0 0 0 0
2006 15 0 11 0 1 0 27 0
2007 31 14 0 2 0 3 0 19 0
2008 城南一和 30 27 0 7 0 2 0 36 0
2009 1 29 0 7 0 1 0 37 0
2010 30 0 0 0 3 0 33 0
2011 水原三星 30 0 1 0 5 0 36 0
2012 33 0 - 2 0 35 0
2013 38 0 - 2 0 40 0
2014 38 0 - 1 0 39 0
2015 22 0 - 1 0 23 0
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2016 川崎 1 J1 29 0 2 0 4 0 35 0
2017 33 0 4 0 0 0 37 0
2018 31 0 0 0 2 0 33 0
2019 27 0 0 0 1 0 28 0
2020 34 0 4 0 2 0 40 0
2021 33 0 2 0 5 0 40 0
2022 31 0 2 0 1 0 34 0
2023 22 0 1 0 5 0 28 0
2024 29 0 2 0 1 0 32 0
2025 4 0 2 0 1 0 7 0
通算 韓国 Kクラシック 265 0 28 0 21 0 314 0
日本 J1 273 0 19 0 22 0 314 0
総通算 538 0 47 0 43 0 628 0
その他の公式戦
国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 期間通算
出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 期間通算
2026 福島 78 J2・J3
通算 日本 J2.J3
総通算
国際大会個人成績 FIFA
年度 クラブ 背番号 出場 得点 出場 得点
AFC ACL クラブW杯
2010 城南一和 1 11 0 3 0
2011 水原三星 10 0 -
2013 5 0 -
2015 3 0 -
2017 川崎 9 0 -
2018 4 0 -
2019 6 0 -
2021 6 0 -
2022 6 0 -
2023-24 5 0 -
通算 AFC 65 0 3 0

代表歴

出場大会

試合数

  • 国際Aマッチ 67試合(2008年-2018年)[12]


韓国代表 国際Aマッチ
出場 得点
2008 12 0
2009 0 0
2010 12 0
2011[注釈 1] 16 0
2012 5 0
2013 12 0
2014 7 0
2015 1 0
2016 2 0
通算 67 0

タイトル

クラブ

浦項スティーラース
城南一和天馬
川崎フロンターレ

個人

脚注

注釈

  1. ^ 2011年10月7日に開催された韓国-ポーランド戦は、韓国代表がFIFAの規定を超える7人の選手交代を行ったため、国際Aマッチとして認められなくなった[13]

出典

  1. ^ a b c d e f g h i F-SPOT ピックアッププレイヤー 2016-vol.07 / チョン ソンリョン選手”. 川崎フロンターレ (2016年4月22日). 2016年4月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年6月27日閲覧。
  2. ^ J1リーグ4度制覇に貢献 元韓国代表 チョン ソンリョン 選手 加入のお知らせ”. 福島ユナイテッドFC (2025年12月24日). 2025年12月31日閲覧。
  3. ^ a b c d [한국축구유망주 49] 정성룡' 한국 최고 골키퍼를 향해”. 大韓サッカー協会 (2008年2月15日). 2017年6月27日閲覧。
  4. ^ 황삼진 (2011年3月2日). “이운재를 밀어낸 정성룡의 놀라운 성장세”. KsportTV. 2017年6月27日閲覧。
  5. ^ [2008 K-리그 프리뷰①] 포항-성남-광주-부산-울산-대구-수원”. 大韓サッカー協会 (2008年3月7日). 2017年6月27日閲覧。
  6. ^ チョン ソンリョン選手加入のお知らせ選手加入のお知らせ - 川崎フロンターレオフィシャルサイト(2015年12月24日閲覧)
  7. ^ 「2018 Jリーグアウォーズ」各賞受賞のお知らせ - 川崎フロンターレオフィシャルサイト(2018年12月18日閲覧)
  8. ^ 川崎Fの守護神チョン・ソンリョンの凄み。妥協なき「準備」、異国で100試合出場達成の要因 フットボールチャンネル 2019年4月22日
  9. ^ a b F-SPOT ピックアッププレイヤー 2022-vol.05 / GK1 チョン ソンリョン選手”. 川崎フロンターレ (2022年8月19日). 2022年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2025年12月31日閲覧。
  10. ^ 三笘薫、田中碧、板倉滉、旗手怜央...川崎フロンターレのGKチョン・ソンリョンが近くで見てきたサッカー日本代表選手を語る”. スポルティーヴァ (2023年12月3日). 2023年12月9日閲覧。
  11. ^ 【川崎F】守護神GKチョン・ソンリョン好セーブに鮮やかPK SNSも興奮”. 日刊スポーツ (2023年12月9日). 2023年12月9日閲覧。
  12. ^ 2016년 08월 22일 대표팀 (월드컵 최종예선 vs 중국)” [2016年08月22日代表チーム(ワールドカップ最終予選vs中国)] (朝鮮語). 大韓サッカー協会. 2025年11月11日閲覧。
  13. ^ <サッカー>韓国、ポーランドと2-2引分け…朴主永が2得点”. 中央日報日本語版 (2011年10月8日). 2025年11月11日閲覧。

関連項目

外部リンク





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