軍人としての成功
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/17 08:20 UTC 版)
「シャルル・ジョゼフ (リーニュ公)」の記事における「軍人としての成功」の解説
シャルル・ジョゼフは、オーストリア領ネーデルラントのブリュッセルで生まれた。父はリーニュ公クロード・ラモラール2世、母エリーザベトの父はルートヴィヒ・オットー・ツー・ザルムだった。シャルル・ジョゼフは若いころから帝国軍に入り、七年戦争のヴロツワフの戦い、ロイテンの戦い、ホッホキルヒの戦い、マクセンの戦いで勇気を奮い頭角を現した。ロイテンの戦いでは若大尉として突然200人の指揮を任された上に大隊の大佐をはじめ上官が次々と戦死した際に、自ら部隊を率いて風車の陰に隠れてプロイセン軍の砲撃をかわし、ケーニヒスブルクへの撤退に成功した。 戦争中の1757年に少佐、1758年に中佐、1759年に大佐と順調に昇進し、戦後の1764年4月23日に少将、1773年5月1日に中将に昇進した。1772年には金羊毛騎士団員となる栄誉を与えられている。1771年には、ザクセン・ゴーダ・アルテンブルク公ヴィルヘルム・カール・クリスティアンの後継として第30歩兵連隊の連隊所有者となった。
※この「軍人としての成功」の解説は、「シャルル・ジョゼフ (リーニュ公)」の解説の一部です。
「軍人としての成功」を含む「シャルル・ジョゼフ (リーニュ公)」の記事については、「シャルル・ジョゼフ (リーニュ公)」の概要を参照ください。
- 軍人としての成功のページへのリンク