起源と所在地の変遷
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/06 23:42 UTC 版)
「en:Volta Laboratory and Bureau」も参照 1925年に当時のAT&T社長ウォルター・グリフォードが独立事業としてベル研究所を設立した。もともとはウェスタン・エレクトリック社の研究部門とAT&Tの技術部門を引き継いだもので、AT&Tとウェスタン・エレクトリック社がそれぞれ50%ずつ出資した。最初の研究所長は Frank B. Jewett で、1940年まで所長を務めた。電話交換機など、AT&T向けにウェスタン・エレクトリックが製造する装置の設計とサポートを主な業務としていた。電話会社向けのサポート業務としては、包括的な技術マニュアル(手引書)のシリーズ en:Bell System Practices (BSP) の執筆と保守がある。親会社に対するコンサルタント業務も行った。また、プロジェクト・ナイキやアポロ計画などアメリカ政府の仕事も請け負った。基礎研究に携わる人員はごく一部だが、ノーベル賞受賞者を何人か輩出したこともあって、特に注目を浴びた。1940年代までベル研究所の本拠地はニューヨーク市内のビルを中心として点在していたが、そのほとんどはニューヨーク郊外のニュージャージー州に移転された。 ニュージャージー州内のベル研究所の所在地としては、マレーヒル(英語版)、ホルムデル(英語版)(en:Bell Labs Holmdel Complex)、クロフォードヒル(英語版)、Deal Test Site、フリーホールド、リンクロフト、ロングブランチ、ミドルタウン、プリンストン、ピスカタウェイ、レッドバンク、ホイッパニーがある。このうち、クロフォードヒルとホイッパニーの研究所は現存している。エーロ・サーリネンが設計したニュージャージー州ホルムデルの建物(en)は、現在は売却されて無人のまま放置されているが、複合商業施設に改装される予定。従業員が多いのはイリノイ州シカゴ近郊の Naperville や Lisle のあたりで、2001年までは最も集中していた(約1万1000人)。他に従業員が集中していた地域として、オハイオ州コロンバス、マサチューセッツ州ノースアンドーバー、ペンシルベニア州アレンタウン、ペンシルベニア州レディング、ペンシルベニア州ブレイングスビル、コロラド州ウェストミンスターなどがある。これらは2001年以降には規模が縮小されるか、完全に閉鎖された。
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