裁判そして処刑
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/07 07:00 UTC 版)
7月2日の第一審判決では「進歩党が大韓民国の転覆と内乱を目的とする結社であるとみなすことは出来ず、同党の非合法化は政敵曺奉岩を除去しようとする自由党政権の政治的陰謀である」との判決が下され、曺奉岩にスパイ幇助罪で懲役5年の判決が宣告されたものの国家転覆罪については無罪となり、彼以外の進歩党幹部全員に無罪判決が下された。この判決に対し自由党政権の庇護を受けた政治ヤクザである李丁載の手下達が「反共青年決起大会」と書かれたプラカードを掲げ、「容共判事柳秉震を打倒せよ」「曺奉岩一党にスパイ罪を適用して処罰せよ」等と叫びながらデモを行い裁判所を混乱させる事態が起こった。 第二審と大法院では曺奉岩と梁明山の両被告に対してそれぞれスパイ容疑で死刑が宣告、それ以外の被告については無罪が宣告された。そして、1959年7月30日、曺奉岩被告の再審請求も棄却され、翌31日、電撃的に死刑が執行された。 この事件の結果、平和統一を主張する声は急速に衰え、進歩主義勢力の活動は大きく萎縮することになった。
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