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茂串俊

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/06/04 21:16 UTC 版)

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茂串 俊(もぐし たかし、1920年10月26日 - 2016年12月29日[1])は、日本官僚。元内閣法制局長官

来歴

大蔵省大臣官房審議官等を経て、内閣法制局に転じ、第三部長、第一部長、内閣法制次長を歴任し、1983年(昭和58年)内閣法制局長官。

退官後は地域振興整備公団総裁を務めた。

1992年(平成4年)勲一等瑞宝章を受章[2]

略歴

  • 1944年(昭和19年)大蔵省入省(給与局)[3]
  • 1949年(昭和24年)11月14日 坂出税務署長
  • 1953年(昭和28年)12月16日 札幌国税局徴収部長
  • 1954年(昭和29年)11月1日 札幌国税局調査査察部長
  • 1956年(昭和31年)9月5日 法制局第三部参事官
  • 1965年(昭和40年)7月8日 国税庁直税部法人税課長
  • 1966年(昭和41年)8月1日 大蔵省大臣官房専門調査官
  • 1968年(昭和43年)3月1日 大阪税関
  • 1969年(昭和44年)8月15日 関東財務局東京証券取引所監理官兼大臣官房審議官
  • 1970年(昭和45年)6月25日 大蔵省大臣官房審議官
  • 1971年(昭和46年)6月22日 内閣法制局第三部長
  • 1976年(昭和51年)7月13日 内閣法制局第一部長
  • 1979年(昭和54年)11月13日 内閣法制次長
  • 1983年(昭和58年)7月8日 内閣法制局長官
  • 1986年(昭和61年)7月22日 依願免官
  • 1986年(昭和61年)12月5日 地域振興整備公団総裁
  • 1990年(平成2年)10月25日 同依願退任
  • 1992年(平成4年)11月3日 叙勲一等瑞宝章
  • 2016年(平成28年)12月29日 肺炎のため死去、叙従三位[4]
公職
先代:
角田礼次郎
内閣法制局長官
第54代:1983 - 1986
次代:
味村治

脚注

  1. ^ 茂串俊氏が死去 元内閣法制局長官 日本経済新聞 2017年1月4日付
  2. ^ 「92年秋の叙勲=勲三等以上および在外邦人、帰化邦人、外国人受章者」『読売新聞』1992年11月3日朝刊
  3. ^ 『日本官僚制総合事典』東京大学出版会、2001年11月発行、367頁
  4. ^ 『官報』6951号、平成29年2月6日




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