稲毛神社とは? わかりやすく解説

稲毛神社

読み方:イナゲジンジャ(inagejinja)

別名 山王さま

教団 神社本庁

所在 神奈川県川崎市川崎区

祭神 武甕槌神 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

稲毛神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/09/26 15:46 UTC 版)

稲毛神社

鳥居と拝殿
所在地 神奈川県川崎市川崎区宮本町7-7
位置 北緯35度31分51秒 東経139度42分16秒 / 北緯35.53083度 東経139.70444度 / 35.53083; 139.70444座標: 北緯35度31分51秒 東経139度42分16秒 / 北緯35.53083度 東経139.70444度 / 35.53083; 139.70444
主祭神 武甕槌神[1]
社格郷社別表神社
例祭 8月2日
テンプレートを表示

稲毛神社(いなげじんじゃ)は、神奈川県川崎市川崎区にある神社である。旧社格郷社で、現在は神社本庁別表神社。旧称は山王権現武甕槌神社で、現在も山王様の通称で呼ばれる。

祭神

現在は武甕槌神を主祭神とし、経津主神菊理媛神伊弉諾神伊弉冉神を配祀するとしている。

江戸時代までは山王権現を祀るとされていた。

歴史

創建の年代は不詳であるが、社伝によれば、武甕槌神を祀って天皇の軍の戦勝を祈ったのに始まると伝えられる。景行天皇が東国巡行の際に、当社で賊難を避けたという。欽明天皇が東征のとき、新たに配祀神四神を祀り、以降長らく勅願所とされたと伝えられる[2]

当初は祭神の名前から「武甕槌宮」と称していた。平安時代末期、この地を領有した河崎基家が山王権現を勧請して以降、「河崎山王社」「堀之内山王権現」などと呼ばれるようになった[2]

明治元年、関東へ下降する有栖川宮熾仁親王が当社で休憩し、その際、「神仏習合に基づいた「山王」の社名は新政府の神仏分離の方針にふさわしくない」と言ったことから、社名を旧地名の武蔵国稲毛庄にちなんで「川崎大神稲毛神社」とし、明治中頃に「稲毛神社」の名が定着した[2]

明治6年、郷社に列格した。昭和41年(1966年)、神社本庁の別表神社に加列された[2]

田中休愚の一族らが奉納した手洗石は川崎市重要歴史記念物に指定されている[2]

祭事

8月2日の例祭は、「川崎山王まつり」と呼ばれる。2日の午後、神輿に神体を収める「古式宮座式」(神奈川県民俗文化財)が行われ、3日早朝から氏子による神輿巡幸が行われる。

兼務社

  • 新田神社(渡田2-14-8)
  • 八幡神社(大島3-4-8)   
  • 八幡神社(中島2-15-1)

脚注

  1. ^ 江戸名所図会.
  2. ^ a b c d e 『かわさき歴史ウォーク』前川清治著 2002年 東京新聞出版局

参考文献

関連文献

関連項目

外部リンク




固有名詞の分類


英和和英テキスト翻訳>> Weblio翻訳
英語⇒日本語日本語⇒英語
  

辞書ショートカット

すべての辞書の索引

「稲毛神社」の関連用語

稲毛神社のお隣キーワード
検索ランキング

   

英語⇒日本語
日本語⇒英語
   



稲毛神社のページの著作権
Weblio 辞書 情報提供元は 参加元一覧 にて確認できます。

   
日外アソシエーツ株式会社日外アソシエーツ株式会社
Copyright (C) 1994- Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
ウィキペディアウィキペディア
All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.
この記事は、ウィキペディアの稲毛神社 (改訂履歴)の記事を複製、再配布したものにあたり、GNU Free Documentation Licenseというライセンスの下で提供されています。 Weblio辞書に掲載されているウィキペディアの記事も、全てGNU Free Documentation Licenseの元に提供されております。

©2025 GRAS Group, Inc.RSS