神の愛の宣教者会の創立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 02:56 UTC 版)
「マザー・テレサ」の記事における「神の愛の宣教者会の創立」の解説
「神の愛の宣教者会」は、1950年10月7日に教皇庁(ローマ教皇庁)によって認可を受け創立され、1965年2月1日には教皇庁立の修道会の認可を受ける。テレサによれば、同会の目的は「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのないすべての人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」ことであった。テレサは修道会のリーダーとして「マザー」と呼ばれるようになる。 インド政府の協力でヒンズー教の廃寺院を譲り受けたテレサは「死を待つ人々の家」というホスピスを開設した。以降、ホスピスや児童養護施設を開設していく。 活動の初期のころは、地元住民たちはホスピスに所属している者をキリスト教に改宗させようとしているという疑念を抱いていた。しかし、彼女たちはケアする相手の宗教を尊重する姿勢を貫き、亡くなった者に対してはその者の宗教で看取っていた(ヒンズー教徒にはガンジス川の水を口に含ませてやり、イスラム教徒にはクルアーンを読んで聞かせた)。 ケアする相手の状態や宗派を問わないテレサたちの活動は世界から関心を持たれ、多くの援助が集まった。1960年代までに「神の愛の宣教者会」の活動はインド全土に及ぶようになった。さらに1965年以降、教皇パウロ6世の許可によってインド国外での活動が可能になった。インド以外で初めて宣教女が派遣されたのは南米ベネズエラのココロテ市であった。以後、修道会は全世界規模で貧しい人々のために活躍するようになる。
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