白山水力による開発
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/12/27 16:03 UTC 版)
「西勝原第一発電所」の記事における「白山水力による開発」の解説
西勝原第一発電所は1923年(大正12年)10月30日に運転を開始した。開発にあたったのは、九頭竜川水系ならびに手取川水系における水力開発を目的として1919年(大正8年)に設立された白山水力株式会社である。同社は昭和初期にかけて多くの電気事業にかかわった実業家福澤桃介が創業者に名を連ねる電力会社の一つにあたる。 運転開始当初の発電所出力は1万5,000キロワット。その後1927年(昭和2年)に2万キロワットに引き上げられた。出力2万キロワットであった当時の最大使用水量は22.4立方メートル毎秒、有効落差は116メートル。ボービング (Boving) 製横軸双輪フランシス水車4台とウェスティングハウス・エレクトリック製6,000キロボルトアンペア発電機4台を備えた。送電線は白山水力の自社線と他社線をあわせて岐阜県経由で愛知県まで伸ばされ、発生電力は主として中京地方に供給する東邦電力へと送電された。 西勝原第一発電所に関連して、1927年12月に「西勝原第二発電所」が運転を開始した。第一発電所建設に際して都合により利用されなかった放水路と九頭竜川本川の間の落差を利用する附属発電所であり、第一発電所放水路の溢流堤から溢流した放水を導水渠に導き、制水門を経てすぐに水車へ導水する、という形をとる。第二発電所の出力は当初640キロワット、のち800キロワット。出力800キロワットの段階での使用水量は22.4立方メートル毎秒、有効落差は5メートルであった。設備はボービング製縦軸カプラン水車とブラウン・ボベリ製800キロボルトアンペア発電機を各1台備えた。
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