白い部屋のふたり
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/10/22 14:41 UTC 版)
| 白い部屋のふたり | |
|---|---|
| ジャンル | 百合漫画、少女漫画 |
| 漫画 | |
| 作者 | 山岸凉子 |
| 出版社 | 集英社 |
| 掲載誌 | りぼんコミック |
| レーベル | りぼんマスコットコミックス |
| 発表号 | 1971年2月号 - 1971年2月号 |
| 話数 | 読み切り |
| テンプレート - ノート | |
| プロジェクト | 漫画 |
| ポータル | 漫画 |
『白い部屋のふたり』(しろいへやのふたり)は、山岸凉子による日本の読み切り漫画。『りぼんコミック』(集英社)1971年2月号に掲載された。フランスにあるカトリック系の女子寄宿学校の生徒同士の恋愛を描いており、百合漫画の先駆けとみなされている。
この漫画が刊行された当時は、少女漫画という媒体が大きな過渡期にあった。この過渡期の特徴は、社会課題や性をテーマとする複雑な物語を持つ作品が登場したことにある。この変化は、24年組と呼ばれる新たな世代の漫画家によって実現し、山岸もその一人である。山岸は、男性同士の恋愛小説、特に森茉莉の小説への関心から『白い部屋のふたり』の着想を得たが、女性同性愛の話のほうがりぼんコミックのティーン女子読者にはより受け入れられやすいと考えていた。『りぼんコミック』での発表後、この作品は山岸の短編集に複数回収録されている。
『白い部屋のふたり』は、1960年代後半から1970年代前半にかけて多く現れた、女性キャラクター同士の親密な関係性を描いた少女漫画の一つである。つまり、厳密には、本作が女性の同性間のリレーションシップを描いた最初の漫画というわけではない。それにもかかわらず、厳格な性格の黒髪の少女とお人よしな金髪の少女の悲恋という独創的なプロットが、女性キャラクター同士の恋愛を描いた漫画において頻繁に繰り返され、いわば「百合の典型ストーリー」となったことから、この漫画は百合ジャンルの源流であると広く見なされている。
あらすじ
レシーヌ・ド・ポアッソンは、亡き母が通っていたフランスにあるカトリック系の女子寄宿学校に入学し、反抗的なシモーン・ダルクと同室になる。シモーンは当初、お人よしなレシーヌに敵意を抱いていたが、二人は次第に親しくなり、シモーンはレシーヌに捧げるためにクラス全員の前でライナー・マリア・リルケの愛の詩を朗読するまでになる。
学校の創立50周年を記念して『ロミオとジュリエット』を演じることが企画され、ロミオ役にシモーン、ジュリエット役にレシーヌが割り当てられる。 上演中、シモーンは舞台上でレシーヌに情熱的なキスを交わす。シモーンとレシーヌの関係が恋愛関係であるという噂が流れるようになる。噂に狼狽したレシーヌはシモーンとの一切の関係を断ち、寄宿学校を去る。レシーヌの拒絶に耐えかねたシモーンは、自暴自棄になり、付き合い始めた男性を挑発した結果、ついには刺殺される。シモーンの死を知ったレシーヌは打ちひしがれ、二度と恋をしないことと、一生涯シモーヌを悼み続けることを決心する。
制作
背景
百合ジャンルは、女性キャラクター間の親密な関係をテーマとし、ロマンティックな友情(英語: Romantic friendship)からレズビアン関係までの幅広い範囲を網羅するジャンルである。このジャンルが明確に確立されたのは2000年代初頭、百合に特化した漫画雑誌が創刊されてからのことであるが、 百合というジャンルの歴史は20世紀初頭まで遡る。 1910年代には、「エス」と呼ばれる女性キャラクター同士のロマンティックな友情を描いたジャンルが登場した。エス作品は少女小説や貸本漫画に定期的に現れ、特に吉屋信子による『花物語』(1916年 – 1926年)や高橋真琴による『さくら並木』(1957年)が有名である。
1970年ごろ、少女漫画雑誌において従来のエスの枠を超えて、女性キャラクター間のレズビアン関係や親密な関係を描いた作品が掲載され始めた。例としてわたなべまさこの『ガラスの城』(1969 - 1970年)、矢代まさこの『シークレット・ラブ』(1970年)、 池田理代子の『ふたりぽっち』(1971年)、一条ゆかりの『摩耶の葬列』(1972年)、里中満智子の『アリエスの乙女たち』(1973年 - 1975年)などが挙げられる[1]。1971年2月に出版された『白い部屋のふたり』もこれらの作品群に属する[1]。この変化は、少女漫画が社会問題・政治・性といったテーマに焦点を当てた、より複雑な物語へと舵を切る広範な潮流の一部であり、その変化は後に「24年組」[注釈 1]と呼ばれる漫画家たちによって実現された。『白い部屋のふたり』の作者である山岸凉子もその一人である[3]。
構想と発表
山岸は1969年に少女漫画雑誌『りぼん』の姉妹誌である『りぼんコミック』に採用されたことで漫画家としてのキャリアをスタートさせた。『りぼんコミック』は、16歳以上の少女を対象読者として主に新人漫画家や比較的知られていない漫画家の作品を掲載し、社会問題を扱った読み切りを中心としていた[4]。
山岸は、少女時代に山川惣治の『少年ケニヤ』から始まり、その後大学時代に森茉莉の耽美小説に出会うなど、男性同士の友情や深い絆を描いた物語に魅了されてきた。しかし、同性愛やホモエロティシズム(英語: Homoeroticism)への関心を異常で奇妙なものだと考えており、漫画家になった当初はそうしたテーマを描こうとは思っていなかった。代わりに、りぼんコミックの10代の少女読者には女性同士の恋愛を描いた作品のほうが受け入れられやすいと考え、それを制作することを選んだ[5]。
そうして生まれた『白い部屋のふたり』は、編集者に採用され、『りぼんコミック』1971年2月号に掲載された[6]。この作品はその号に掲載された長編作品の1つとして表紙に掲載された。この作品の1ページ目は当時の漫画雑誌としては珍しくフルカラーで印刷され、2ページ目はオレンジ、紫、白の三色で印刷された[4]。
『白い部屋のふたり』は山岸の短編集に複数回収録されている[6]。集英社はこの作品を山岸の他の2つの短編と併せて同名の単行本にまとめ、りぼんマスコットコミックスのレーベルで1973年9月10日に発行した[7]。白泉社はこれを、花とゆめコミックスから1975年8月10日に再版した[8]。角川書店はあすかコミックス・スペシャルから1988年3月4日に出版した山岸の全集の28巻にこの作品を収録している[9][10]。
受容と影響
『白い部屋のふたり』は女性の同性間のリレーションシップを描いた初の漫画ではなかったにもかかわらず、後に百合と呼ばれるようになるジャンルの最初の作品であると考えられている[11][注釈 2]。漫画研究家の藤本由香里は、この作品が百合ジャンルの元祖としての地位を確立したのは、そのプロットが百合のストーリーの典型となり、その後の百合作品に大きな影響を与えたためだと主張している[13]。
漫画評論家の米沢嘉博と高橋洋二は、『白い部屋の二人』を、いわば「過激」な社会問題に焦点を当てた『りぼんコミック』の典型的な作品とみなしている。また米沢は、この作品が山岸のその後の作品とは大きく異なり、少女小説や吉屋信子の作品に近いと指摘している[4]。この作品は2012年に開催された百合漫画雑誌『百合姉妹』と『コミック百合姫』による百合ジャンルの回顧展で好意的な評価を受けた[14]。
ユリコン(英語: Yuricon)を立ち上げたエリカ・フリードマンは、『白い部屋のふたり』の「ハイパーメロドラマ的」な側面を高く評価し、同時期に出版されたアメリカのレズビアン・パルプフィクション(英語: Lesbian pulp fiction)と比較している[15] 。批評家のカレン・メルヴェイユは、 2010年のフランスの出版物『マンガ 10,000 イメージズ』への寄稿において、 『白い部屋のふたり』は過度に悲観的であるとしながらも、先駆的な作品としての価値はあると述べた[16]。
分析
クリムゾンローズとキャンディガール
レシーヌは、純真さと内気さが特徴的なキャラクターであり、シモーヌの反抗的な規則破りとは対照的である。二人の性格の違いは当初対立を引き起こすが、徐々に親密になり、悲劇的な別れを迎える。このような展開は、1970年代の少女漫画において、性別やセクシュアリティを問わず頻繁に登場した。例えば、『キャンディ♡キャンディ』 (1975 - 1979年)のキャンディとテリュース、『風と木の詩』(1976 - 1984年)のジルベールとセルジュなどである[17][1]。漫画研究家の藤本由香里は、『白い部屋のふたり』におけるこの表現が、彼女が「クリムゾンローズとキャンディガール」と呼ぶ、複数の百合作品に共通する物語類型の起源となったと述べている[13]。
この物語で、「ローズ」は美しく、強く、積極的な黒髪の少女であり、対して「キャンディ」はお人よしでより女性的な明るい髪色の少女である[13]。この姿はおおよそレズビアン文化におけるブッチとフェムの二分法や日本におけるタチとネコのアナロジーである[13][18]。二人は、家族の問題などの共通の問題を通じて絆を深め、しばしばその関係がもとで酷い噂や脅迫に遭う。物語は、ローズがキャンディを悪評から守るために(典型的には自殺によって)死ぬことで終わる[13]。藤本は、 『白い部屋のふたり』で確立されたクリムゾンローズとキャンディガールの展開が、漫画における女性同性愛の典型的な描写になったと記している[1]。著名な例としては福原ヒロ子の『裸足のメイ』(1974年)と『真紅に燃ゆ』(1979年)、樫みちよの『彼女たち』(1982年)、長浜幸子の『イブたちの部屋』(1983年)などが挙げられる[13]。
女性同士の恋愛を描いた漫画は、その後数十年かけてクリムゾンローズとキャンディガールのような悲劇的な類型から徐々に離れ、あまり苦悩しない「ローズ」と、同性愛の欲望を進んで認め受け入れる「キャンディ」を描いた作品が登場した[19]。この観点からフリードマンは、2010年代を代表する百合漫画であるサブロウタのCitrus(2012 - 2018年)を、『白い部屋のふたり』からポジティブな方向への「波紋」であると考えている[20]。神奈川大学のジェームズ・ウェルカーは、クリムゾンローズとキャンディガールの物語は、登場人物、ひいては作者自身が自身のレズビアン的な感情や欲望を拒絶する、一種の「レズビアン・パニック」を表すものだと主張している[18]。
表現技法
『白い部屋のふたり』の作風は、当時の少女漫画の流行に合わせるようにロマンチックなものとなっており、主人公が大きな目や長くたなびく髪を持つ点と、象徴化や装飾的な要素が多用されている点が特徴的である[14]。ドラマティックで悲劇的な雰囲気は、フランスという舞台、場面転換を示す舞い散る葉や花弁、そしてシェイクスピアやリルケからの引用によって強調されている[11][16][21]。フリードマンは、登場人物たちが1970年代のファッションに身を包み、クラブやバーに通い、そこで喫煙や飲酒をしていることを挙げ、この漫画が設定の扱いにおいて「最先端を目指している」ことを指摘している。フリードマンはまた、一方でこれらの要素は現代の読者の目には古臭く映るかもしれないとも指摘している[22]。
二人の主人公は視覚的に正反対の人物として描かれている[14]。シモーンはバラと関連付けられ、レシーヌはヒナギクと関連付けられているが、ここでバラは情熱と棘による苦しみを暗示し、ヒナギクは柔らかさと脆さを表す[16]。さらに二人は黒と白の二元性(英語: Black-and-white dualism)によって対比されており、それを最も明確に視覚化しているのはシモーンの黒い髪とレシーヌのブロンドの髪である[21]。
脚注
注釈
出典
- ^ a b c d Fujimoto 2014, p. 27.
- ^ Hemmann 2020, p. 10.
- ^ Shamoon 2012, p. 102.
- ^ a b c Maser 2013, p. 55.
- ^ Yamagishi 2016, p. 151.
- ^ a b Fujimoto 2014, p. 41.
- ^ “白い部屋のふたり1”. メディア芸術データベース. 文化庁. 2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月1日閲覧。
- ^ “白い部屋のふたり”. メディア芸術データベース. 文化庁. 2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月1日閲覧。
- ^ “レフトアンドライト28”. メディア芸術データベース. 文化庁. 2023年1月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月1日閲覧。
- ^ “KADOKAWA Corporation”. KADOKAWA. 2023年2月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年9月1日閲覧。
- ^ a b Friedman 2022, p. 37.
- ^ Maser 2013, p. 54.
- ^ a b c d e f Fujimoto 2014, p. 32.
- ^ a b c Maser 2013, p. 56.
- ^ Friedman 2022, pp. 37, 217.
- ^ a b c Merveille 2010, p. 63.
- ^ Fanasca 2020, p. 55.
- ^ a b Welker 2006, p. 167.
- ^ Fanasca 2020, p. 56.
- ^ Friedman 2022, p. 217.
- ^ a b Maser 2013, p. 57.
- ^ Friedman 2022, p. 38.
参考文献
- Fanasca, Marta (2020). “Tales of lilies and girls’ love: The depiction of female/female relationships in yuri manga”. In Cucinelli, Diego; Scibetta, Andrea. Tracing Pathways 雲路: Interdisciplinary Studies on Modern and Contemporary East Asia. Studi e saggi. 220. Firenze University Press. pp. 51–66. doi:10.36253/978-88-5518-260-7.03. ISBN 978-88-5518-260-7
- Fraser, Lucy; Monden, Masafumi (2017). “The Maiden Switch: New Possibilities for Understanding Japanese Shōjo Manga (Girls' Comics)”. Asian Studies Review 41 (4): 544–561. doi:10.1080/10357823.2017.1370436.
- Fujimoto, Yukari (2014). “Where Is My Place in the World?: Early Shōjo Manga Portrayals of Lesbianism”. Mechademia 14: 25–42. doi:10.1353/mec.2014.0007.
- Friedman, Erica (2022). By Your Side: The First 100 Years of Yuri Anime and Manga. Journey Press. ISBN 978-1-951320-20-1
- Hemmann, Kathryn (2020). Manga Cultures and the Female Gaze. Springer Nature. ISBN 978-3-030-18095-9
- Maser, Verena (2013). Beautiful and Innocent: Female Same-Sex Intimacy in the Japanese Yuri Genre (PDF) (Thesis). University of Trier Department of Linguistics, Literature and Media Studies (PhD thesis). 2022年11月19日時点のオリジナルよりアーカイブ (PDF). 2023年1月26日閲覧.
- Merveille, Karen (2010). “La révolte du lys: une odyssée du yuri” (French). Manga 10,000 Images. Éditions H. ISBN 978-2-9531781-4-2
- Shamoon, Deborah (2012). “The Revolution in 1970s Shōjo Manga”. Passionate Friendship: The Aesthetics of Girl's Culture in Japan. Honolulu: University of Hawaii Press. ISBN 978-0-82483-542-2
- Welker, James (2006). “Drawing Out Lesbians: Blurred Representations of Lesbian Desire in Shôjo Manga”. Lesbian Voices: Canada and the World: Theory, Literature, Cinema. Allied Publishers. ISBN 81-8424-075-9
- 山岸凉子、2016、『山岸凉子画集』、河出書房新社 ISBN 978-4-309-27755-4
外部リンク
- 白い部屋のふたり(漫画)- Anime News Network中の百科事典
- 白い部屋のふたりのページへのリンク