登山家たちの疑惑
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/04/13 05:15 UTC 版)
しかしその余りに超人的な記録や単独でのアルパインスタイルによるライトウェイトクライミング、とりわけソロクライミングによる証言者不在のため、証拠不十分などの理由で、多くの登山家たちから疑惑の目を向けられている。 ウェスタン・クウム氷河問題 登山界では発展途上にあった旧ソ連の登山隊が、1990年10月16日に、旧式の装備で難渋を重ねながらも、極地法によってローツェ南壁を登頂した。また、フランスのクリストフ・プロフィとピエール・ベジャンも、アルパインスタイルによってローツェ南壁を登攀している。そこで問題になったのが、トモ・チェセンの「ローツェの頂きからウェスタン・クウム氷河が見えた」という登頂後の談話である。旧ソ連隊、フランス隊をはじめ、多くのローツェ登頂者から、チェセンの談話に対して疑義が提出された。 グロシェリの写真問題 1993年になって、スロベニアの登山家であるヴィクトル・グロシェリが、『ヴェルティカル』紙にトモ・チェセンが提供した写真に関して、疑義を挟んだ。つまり、ローツェ登頂後に証拠写真として掲載された写真が、実は、1989年のスロベニアのローツェ登山隊の時に、グロシェリ自身が撮影したものであった、ということを主張したのである。これらの写真は、チェセンがグロシェリ夫人から借用したものであり、チェセンは、雑誌編集者が参考写真と登頂写真とを混同したものであると主張した。が、編集者側は否定している。 チェセン批判の急先鋒は、フランスのイヴァン・ギラルディニであり、グロシェリの疑惑が出た後は、当初は擁護していたラインホルト・メスナーも批判する側にまわった。また、ローツェ以後、チェセンはアルパインスタイルによる登山は行なっていない。
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