番組の立ち上げに至った経緯
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「菊正宗辛口名人会」の記事における「番組の立ち上げに至った経緯」の解説
当番組が始まる以前にも「金馬独演会」「名人落語独演会」「寄席のひととき」「お好み演芸会」「日曜演芸会」「日曜寄席」「土曜寄席」といった落語番組を放送していたが、日曜の17時台は1960年代まで平日や土曜と同様に文化放送ニュース・天気・交通情報や取材記者レポート・ラジオドラマなど1時間に5分から10分ごとに番組が入れ替わる編成だった。 しかし、1970年代に入って平日・土曜に「桂竜也の夕焼けワイド」を編成するようになってから日曜日の番組編成方針が変わり、日曜日の夕方から夜に向かう30分間に名人の演者による録音を毎週放送してほしいという聴取者の要望に答える形で当番組を立ち上げた。 放送音源は文化放送が当時、毎週落語や寄席に観客を入れて公開収録をしていたこともあり、おおむね好評だった。なお、名人の演者が急死や訃報が入った時は当初の予定を変更して追悼番組になることもあった。音源は他局で放送されていた音源を使うこともあり、その場合は「放送局の垣根を超えて在りし日の名人芸をお聴きいただきます(いただきました)。」と、お断りをコメントしていた。 番組立ち上げ時はナイターオフ枠の18:05 - 18:30で放送されていたが、1979年4月より日曜17時台へ移動した。ただし、「大相撲熱戦十番」と被る1月・3月・11月は「フリーステーション」の枠を間借りして振替放送したが、ナイターインとなる5月・7月・9月は休止せざるを得なかった。 途中で「世相ホットライン ハイ!竹村健一です」を一時期日曜17:00 - 17:30で放送されていた関係で17:30からに放送時間変更されたこともあったが、リスナーに親しまれた。
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