画家の街シュヴァーレンベルク
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/24 16:08 UTC 版)
「シーダー=シュヴァーレンベルク」の記事における「画家の街シュヴァーレンベルク」の解説
シュヴァーレンベルクの「画家の街」や芸術家コロニーとしての長い伝統は、19世紀の初めにまで遡る。ここは近代性が刻み込まれた大都市から離れ、印象派風の風景画を描く際の隠し味となる風景の美しさ、静寂なハーモニー、卓越した明朗さを備えた小都市であった。デュッセルドルフやベルリンといった大都市から画家たちがシュヴァーレンベルクを訪れ、この周辺で野外制作を行った。彼らがこの地で制作した作品を大都市で展示することで、シュヴァーレンベルクの評判は高まり、やがて「画家の街」や「画家コロニー」と呼ばれるようになった。1920年代にシュヴァーレンベルクの宿屋は芸術家のたまり場となった。特に「芸術家の家」と呼ばれた建物のファサードにはシュヴァーレンベルク住民の生活から採られたモチーフが描かれ賞賛を得た。 2012年にクロンベルク・イム・タウヌスのクロンベルク画家コロニー美術館に「‘‘Im Dialog: Die Künstlerkolonie Schwalenberg zu Gast in Kronberg‘‘」が展示された。 画家の街としての最盛期の後、特に第二次世界大戦の影響を受け、停滞期が訪れた。戦後この街に残った芸術家はわずかであった、1949年から1977年までこの街に住んでいた芸術家は画家のロベルト・ケンメラー=ローリヒだけであった。1978年以降、リッペ地域連合芸術局とシーダー=シュヴァーレンベルク市は定期的な芸術展示や芸術イベントによって、この伝統をつなぎ止めた。同時代の芸術に重点を置くことで、古い画家の街は新しい芸術活動で満たされることとなった。本市の最も重要な芸術活動は、市立ギャラリー/博物館およびロベルト・ケープテ・ハウスで年に10-12回の展示会を行うことである。これによりロベルト・ケープテ・ハウスは、若い有望な芸術家の現代アートを展示する場となり、市立ギャラリー/博物館では古いリッペの絵画の他に、様々な時代様式の芸術が伝統と結びつけられている。 シュヴァーレンベルクにはロシア系ドイツ人の彫刻家ヤーコプ・ヴェーデルもアトリエを構えている。
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