生気論への反論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/28 22:24 UTC 版)
有機物の合成 シュタールの説に対しては、「1828年のフリードリヒ・ヴェーラーによる尿素の合成をはじめとして化学技術の発展により多くの有機物が人工的に生体外で合成できるようになった」ということを生気論の否定と関連づける説明文が初学者向けの教科書などでしばしば見られる。だが、実際に歴史を詳しく調べると、ヴェーラー自身は、自身の尿素合成は無機物からの合成ではないという一部の人の主張を認め、生気論の考えを否定しようとはしなかったという。 生理機能 また医学の分野では1861年にルイ・パスツールが『自然発生説の検討』によって生物の自然発生説を完全否定した。(1590年のハンス・ヤンセン、ツァハリアス・ヤンセン親子により発明された顕微鏡により1672年、アントニー・ファン・レーウェンフックが微生物を発見し)ロバート・コッホによって1876年に炭疽菌が発見され、その病原性の証明から始まった微生物病原説が成立。また解剖学や生理学により様々な器官の機能が解明された。それらにより生理機能のうち生気論によらず説明できるものが増え、医学における生気論もゆらぎはじめた。 合目的性 チャールズ・ダーウィン (1809 - 1882) などによって提唱された自然選択による進化の概念は生気論に衝撃を与えた。自然選択説は人を含め現存する多様な生物が何らかの目的をもって創造されたのではなく、また生物が持つ合目的的な器官や行動の形質の存在も、物理的・自然主義的に説明することができる。このように、物理学的な説明が可能である場合は、それが採用されるようになった。
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