測地線方程式の変数分離性
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/20 09:58 UTC 版)
カー時空中における、自由落下する粒子の運動(測地線運動)を記述するハミルトン-ヤコビ方程式は変数分離によって解くことができる。このことは、1968年、ブランドン・カーター(Brandon Carter)によって初めて証明された。実際には、カー時空を含むより一般的なクラス(カーターのクラスと呼ばれる)の時空に対して、ハミルトン-ヤコビ方程式とスカラー場の方程式(シュレーディンガー方程式)の両方が変数分離によって解かれることが示されている。カー時空には本来、時間並進対称性と回転対称性に関連する二つのキリングベクトルが存在し、それらに対応した2つの独立な保存量が内在している。そのため、ハミルトン-ヤコビ方程式が可積分であるためには、ハミルトニアンとは別に、4つめの独立な保存量が必要であった。カーターはこの四つ目の保存量の存在を指摘した。その保存量は「カーター定数」とよばれている。 それから2年後、カーターとは違った形で、カー時空におけるハミルトン-ヤコビ方程式の可積分性が証明された。マーティン・ウォーカー(Martin Walker)とロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)は、カー時空に2階の分離不可能なキリングテンソルが存在することを示し、カーター定数が粒子の運動量に関して2次の保存量になっていることを明らかにした。ここで、2階のキリングテンソルとは ∇ ( a K b c ) = 0 {\displaystyle \nabla _{(a}K_{bc)}=0\,} を満たす2階の対称テンソルをいう。一般に、キリングベクトル ξ {\displaystyle \xi \,} の存在する空間では K a b = c 1 ξ ( a ξ b ) + c 2 g a b {\displaystyle K_{ab}=c_{1}\xi _{(a}\xi _{b)}+c_{2}g_{ab}\,} ( c 1 , c 2 {\displaystyle c_{1},c_{2}\,} は定数)によって2階のキリングテンソルをいつでも構成することができるが、このようにキリングベクトルや計量から構成できるキリングテンソルは分離可能(reducible)なキリングテンソルとよばれ、分離不可能(irreducible)なものとは区別される。すべてのキリングテンソルがキリングベクトルから構成できるとは限らず、カー時空において分離不可能なキリングテンソルを見つけたことがウォーカーとペンローズの功績である。 1973年、ロバート・フロイドはカー時空に存在する2階のキリングテンソルが、2階のキリング・矢野テンソルを用いて K a b = f a c f b c {\displaystyle K_{ab}=f_{ac}f_{b}{}^{c}\,} のように書けることを指摘した。ここで、2階のキリング・矢野テンソルとは ∇ ( a f b ) c = 0 {\displaystyle \nabla _{(a}f_{b)c}=0\,} を満たす2階の反対称テンソルをいう。フロイトの仕事は、言いかえれば、カー時空における2階のキリング・矢野テンソルの存在を示しているわけであるが、すべての2階のキリングテンソルが2階のキリング・矢野テンソルに分解できるわけではないため、その意味でカー時空が"特別"であることを意味している。さらに同じ年、カー時空が本来持っている2つのアイソメトリー、 ξ {\displaystyle \xi \,} と η {\displaystyle \eta \,} が2階のキリング・矢野テンソルを用いて ξ a = 1 3 ∇ b ( ∗ f ) b a {\displaystyle \xi ^{a}={\frac {1}{3}}\nabla _{b}(*f)^{ba}\,} η a = K a b ξ b {\displaystyle \eta ^{a}=K^{a}{}_{b}\xi ^{b}\,} のように書けることをハッシュトン(L. P. Hughston)とゾンマー(P. Sommers)は見出した。これにより、カー時空では、ハミルトン-ヤコビ方程式が可積分であるためのすべての保存量が2階のキリング・矢野テンソルという1つの反対称テンソル場から生成されることが分かる。
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