汲沢の七杜ほか
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/22 16:48 UTC 版)
『汲沢小史』の名所の項目には、汲沢の七杜として以下の7つが所在地および祭神とともに挙げられている。すなわち、御伊勢様(天照大神)、山王様(樋速日命、大山祇神)、第六天神様(両足能命、惶根命)、神明様(天照大神)、子の神様(大国主命)、的場稲荷(倉稲魂命)であるが、これらはいずれも小規模な祠であり、現存しないものもある。また同書は、古くは高札所の置かれた地である中村三差路バス停脇の子育て地蔵について供養日である8月23日の夜、粟餅を配ったことから粟餅地蔵とも呼ばれたことのほか、汲沢交差点角の大山不動尊、中村三叉路交差点に隣接するガソリンスタンド先の成田不動尊の来歴についても紹介。天台と呼ばれる丘の頂上部に位置する汲沢小学校裏門わきの鳩糞稲荷については、桜の古木があると記述しているが、現在は大きな根株が残るのみであり、それを覆う形で常緑樹や蔦が青々と茂っている。大規模造成が実施されることのなかった汲沢地区にはこのほか、文献中にも記載のない祠が住宅地や畑のそこここに点在し、古い時代の記憶を伝えている。 江戸中期から後期にかけて最盛期を迎えた大山信仰は、先達師のもと、広範な地域に大山講の形成を見るが、明治初期、先達師ごとの布教圏を掲載した資料に、『大山開導記』があり、鎌倉郡の項の筆頭には、先達師の名とともに戸塚宿一丁目から六丁目を含む21ヶ村が挙げられる中、汲沢村の名がみられ、58戸と記載されている。
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