民間人による所有
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/10/17 18:34 UTC 版)
「メイフラワー (哨戒ヨット)」の記事における「民間人による所有」の解説
メイフラワーは、1931年10月19日に、「ラサール街の少年魔術師 (The boy wizard of LaSalle Street)」(ラサール街(英語版)は、ニューヨークのウォール街に相当するシカゴの金融街)として知られていたフランク・P・パリッシュ (Frank P. Parish) の代理人レオ・P・コー (Leo P. Coe) に払い下げられた。パリッシュは、ニューヨークの Henry J. Gielow Inc.にメイフラワーを委ね、元々の豪勢な装いを復元する改装を施そうとしていたが、翌1932年には財務状況が悪化して船の売却を余儀なくされ、その直後には、法的追究や激怒した投資家たちから逃れるために、国外へ逃亡した。世界恐慌の時期には、代々の所有者たちがこの船の活用策を模索し、南アフリカ連邦で沿岸貿易船にする、歴史的遺物として保存する、水上舞踏場とするとか、海軍力の増強に勤しむ日本政府にスクラップとして売却するといった案まで検討された。しかし、複雑な法的問題が絡み、資金不足や、当時の厳しい事業環境もあって、こうした計画は実現しないまま船はニューヨークからフロリダ州ジャクソンビルまで、大西洋岸のあちこちの港に係留されながら、活用される機会を待ち続けた。
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