死後の神格化
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/13 14:06 UTC 版)
「フェリックス・ジェルジンスキー」の記事における「死後の神格化」の解説
その死は当時からスターリンを初めとする政府要人による暗殺説が噂されていたが、ソ連政府は公式に彼の死を心臓発作による病死と発表した。事件の真相はどうあれ、ジェルジンスキーの死を知ったスターリンは「信心深き労働者の騎士」と生前の業績を賞賛するなど、早い段階から彼の神格化を進め始めた。 ジェルジンスキーの故郷に近いKoidanova市(現在はベラルーシ領)はジェルジンスクと改名され、ベラルーシのポーランド系自治区の首都に定められた。自治区は1935年の解散まで同地のポーランド人を保護する組織であり続けた。ベラルーシ領となった現在でも同市にはジェルジンスキーの記念館などが残されている。またロシアやウクライナでもジェルジンスキーの名を讃える都市や工場、建設物が作られた。特にその中でもスターリングラードに建設されたジェルジンスキー・トラクター工場は第二次世界大戦のスターリングラード攻防戦で両軍が奪い合う激戦区の一つとなった。 「ポーランド人の革命家」としてポーランド本国でも賞賛され、冷戦期に成立した共産政権ポーランド人民共和国は様々な地名・施設にジェルジンスキーの名を冠した。しかし共産政権の終焉と共に、これらの多くは新たな名前に変えられている。
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