死後の文献について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 13:44 UTC 版)
ラダガイススと410年のローマ略奪の歴史を知る上で、古代の重要な資料となるのが、エジプト生まれの歴史家・外交官・詩人で、407年から425年の期間についての著作を書いたオリンピオドルス(Olympiodorus of Thebes)である。オリンピオドロスの著書は失われてしまったが、ビザンツ帝国の学者でもあったコンスタンディヌーポリ総主教フォティオス1世が『図書総覧』で要約したことにより、その抜粋が残されている。オリンピオドロスは大使としての仕事を通して、412年と413年にコンスタンティノープルからの使節としてフン族のもとに向かうなどして何度も旅をしており、特に情報通であったとされている。この時代について取り扱った歴史家は他に5世紀のソゾメヌス(Sozomenos)と6世紀のゾシムス(Zosimus (historian))がおり、両名ともオリンピオドロスの要約に部分的に依拠しているものの完全に厳密というわけではなく、一部を誤って解釈している。ラダガイススに関する記述は、ほぼ同じ時代の著作であるオロシウスの『異教徒に対する歴史(英語:Histories against the Pagans)』、アウグスティヌスの『神の国』、やや遅れて452年の『クロニカ・ガリカ(Chronica Gallica of 452)』の年表にも見出すことができる。
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