横山安武
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/05/07 00:15 UTC 版)
横山 安武(よこやま やすたけ、天保14年1月1日(1843年1月30日) - 明治3年7月27日(1870年8月23日)[1])は、日本の武士(薩摩藩士)、陽明学者。通称は喜三次、元四郎、正太郎[2]。明治新政府の腐敗・悪政を批判して28歳で諫死した[3]。森有礼の兄[1]。
注釈
出典
- ^ a b c d e 犬塚孝明 (1994-11), “横山安武 よこやま やすたけ”, 朝日日本歴史人物事典, 朝日新聞社
- ^ “横山安武 よこやま-やすたけ”, デジタル版 日本人名大辞典+Plus, 講談社, (2015)
- ^ 時弊十ヶ条『維新を創った男 西郷隆盛の実像 明治維新150年に問う』 粒山樹、扶桑社, 2017/10/30, p150
- ^ 三崎(2008年)112頁
- ^ a b c d e f 三崎(2008年)113頁
- ^ 三崎(2008年)113、114頁
- ^ a b 三崎(2008年)115頁
- ^ 三崎(2008年)114頁
- ^ 拳骨(2013)p.120
- ^ 三崎(2008年)121頁
- ^ 三崎(2008年)120頁
- ^ 三崎(2008年)117頁
- ^ 横山正太郎書翰 鹿児島県立図書館
- ^ a b 横山壮次郎コトバンク
- ^ a b 「展示 「台湾に渡った北大卒業生たち」第Ⅰ期・第Ⅱ期・第Ⅲ期」『北海道大学大学文書館年報』第6巻、北海道大学大学文書館、2012年3月、59-92頁、ISSN 1880-9421、NAID 40019276773。
- ^ 横山壮次郎 / プリンス(ワシントン,D.C.)北海道大学北方資料データベース
- ^ 畑智子「セントルイス万国博覧会における「日本」の建築物」『日本建築学会計画系論文集』第65巻第532号、日本建築学会、2000年、231-238頁、doi:10.3130/aija.65.231_1、ISSN 1340-4210、NAID 110004655974。
固有名詞の分類
- 横山安武のページへのリンク