植民地主義と熱帯医学の勃興
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/11 15:33 UTC 版)
「国際保健」の記事における「植民地主義と熱帯医学の勃興」の解説
グローバル・ヘルスの起源は、ヨーロッパの産業革命、それに続く植民地主義の時代に遡る。 19世紀の開発途上国において、保健医療の担い手として先住民の社会に受け入れられていたのは、呪術医や薬草師など 伝統医学を駆使する治療師(ヒーラー)であった。また、植民地に殖民されたヨーロッパ人には医学に基づく保健医療が供給されていた。こうした時代の公衆衛生はマラリアなどのヨーロッパ人が罹る病気に戦うため、あるいは、労働者の健康の維持による利潤の確保を目的に始められた。これが、熱帯地域特有の疾病に対する医学でありグローバル・ヘルスの原点である熱帯医学 (Tropical Medicine) である。 植民地時代に開発された保健医療のシステムは、ほとんどが宗主国のシステムをモデルとして作られ、西洋人が多く住む大都市を中心に高コストな先端医療が持ち込まれた。被支配層に対する公的な保健医療は、わずかに存在したものの、極めて粗末で都市部中心のものであった。農村地域や都市部のスラムの人々のニーズは伝統的な保健医療により一部が満たされるか、あるいはほとんど無視され、その状況は20世紀中旬まで変化することはなかった。
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