替地町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/27 13:55 UTC 版)
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替地町
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国 | ![]() |
都道府県 | ![]() |
市 | ![]() |
区 | 西区 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
ナンバープレート | 名古屋 |
歴史
町名の由来
元禄9年、2代尾張藩主徳川光友の隠居屋敷(大曽根御屋敷)を出来町に造ることとなった際、その替地として当地が準備されたことによるという[1]。
沿革
- 1876年(明治9年) - 名古屋村・広井村の各一部により、愛知郡替地町となる[2]。替地出来町・新長屋・信行院筋の合併によるという[1]。
- 1878年(明治11年)12月20日 - 名古屋区編入に伴い、同区替地町となる[2]。
- 1889年(明治22年)10月1日 - 名古屋市編入に伴い、同市替地町となる[2]。
- 1908年(明治41年)4月1日 - 西区編入に伴い、同区替地町となる[2]。
- 1977年(昭和52年)10月23日 - 一部が那古野一丁目・那古野二丁目・名駅三丁目にそれぞれ編入される[2]。
- 1978年(昭和53年)10月15日 - 那古野一丁目・那古野二丁目にそれぞれ編入され消滅する[2]。
脚注
参考文献
- 『角川日本地名大辞典 23 愛知県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1989年3月8日(日本語)。ISBN 4-04-001230-5。
- 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日(日本語)。全国書誌番号: 93012879。
関連項目
- 替地町のページへのリンク