春風亭柳枝 (4代目)とは? わかりやすく解説

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春風亭柳枝 (4代目)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/30 05:08 UTC 版)

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四代目 春風亭しゅんぷうてい 柳枝りゅうし・初代 春風亭しゅんぷうてい 華柳かりゅう
本名 飯森 和平
別名 初代春風亭華柳
牛込の柳枝
鼠の殿様
生年月日 1868年9月
没年月日 1927年4月20日
出身地 日本東京都下谷
師匠 初代松柳亭鶴枝
三代目春風亭柳枝
名跡 1. 松柳亭鶴吉
(? - 1885年)
2. 二代目春風亭枝雀
(1885年 - 1889年)
3. 都川扇之助
(1889年 - 1890年)
4. 二代目春風亭枝雀
(1890年 - 1894年)
5. 柳家さん枝
(1894年)
6. 四代目春風亭柏枝
(1894年 - 1896年)
7. 初代春風亭小柳枝
(1896年 - 1900年)
8. 四代目春風亭柳枝
(1900年 - 1921年)
8. 初代春風亭華柳
(1921年 - 1927年)
活動期間 ? - 1927年
所属 柳派
三遊柳連睦会(1917年 - 1923年)
備考
睦会会長

初代 春風亭 華柳(しゅんぷうてい かりゅう)・四代目 春風亭 柳枝(しゅんぷうてい りゅうし)1868年9月(慶応4年 - 明治元年)9月 - 1927年昭和2年)4月20日は、和歌山県落語家。本名:飯森 和平。通称は住所から「牛込の柳枝」。また、俗に小ぢんまりとした顔つきから「鼠の殿様」。

得意演目は人情噺、滑稽噺、狂歌噺などいろいろ演じきった。姉の養子が、後の三代目桂三木助である。

来歴

東京下谷の出身。父は元富山藩士で明治維新後、和歌、挿花、茶道の指南をしていた。商人になるために11歳のときに奉公に出るが元来落語好きで奉公先が長続きしない、18歳の時に挙句には親に内緒で初代松柳亭鶴枝の門で鶴吉となる、1885年ころに3代目柳枝の門では10年間修行を我慢するのならということで門下になり2代目春風亭枝雀を名乗る、1889年4月から翌年まで都川扇之助と名乗る、1890年9月枝雀に復し1894年4月再びの鶴枝の門に戻り二つ目でさん枝、同年12月に4代目春風亭柏枝1896年9月に真打昇進し初代小柳枝を名乗った。

1900年11月に同じ柳派初代談洲楼燕枝の一周忌に弟子の小燕枝が「小」を取り2代目談洲楼燕枝したのに触発され自身も「小」を取り4代目柳枝を襲名した。

1917年8月、東京寄席演芸株式会社に対抗して落語睦会(三遊柳連睦会)を結成。会長に就任。

1921年3月、睦会「三柳の改名」 師弟トリプル襲名

1927年NHKラジオの放送中に脳卒中で倒れ、そのまま死去。

一門弟子

他多数

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