日本国憲法第11条との内容の重複に関して
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「日本国憲法第97条」の記事における「日本国憲法第11条との内容の重複に関して」の解説
この条文は第3章の第11条と内容の重複があるとの主張がある。実際に「国民に保障する基本的人権は」「侵すことのできない永久の権利として」「現在及び将来の国民に」といった文言が重複している(なお、重複以降は、11条は「与えられる。」、97条は「信託されたものである。」で終わる)。 憲法学者の宮澤俊義は、この内容を書くならば第3章に置かれるべきだった、とこの条文の配置を批判しており、マッカーサー草案では人権宣言の最初におかれていたのが最高法規の章に移されてしまい、どう考えても体裁として筋がとおらない、と主張している。 GHQと日本国憲法の条文についての交渉にあたっていた佐藤達夫法制局第一部長の手記では、97条成立の経緯が次のように述べられている。97条の位置が所を得ていないとの批判もあるが、この条文の内容はGHQの出したマッカーサー草案の「第3章 人民ノ権利及義務」にある10条に由来する。GHQとの交渉の過程で、このままでは議会で批判が予想され、かつ当時は憲法立案と総司令部との関係は明かせないため弁明困難であるため、とてもこれでは日本の法文の体をなさないと説明して、当該条文を削除する方向で話がまとまりかけた。ところがGHQ側の中で中座していた者が戻ってきて、マッカーサーの次に影響力があったコートニー・ホイットニー民政局長による自筆の条文であるので、後の章にでも良いから残してくれと懇望があった。それならばと10章に移すことになった。そうなると、用意していた第10条第2項(現在の第11条の後段にあたる)は重複するので削除した。総司令部側でその後にまとめた英文ではそれが残っていた。よほど整理を申し出ようかと思ったが蒸し返すと交渉の全体に問題が出るかもしれないということで、とにかく無害なのだからとそのままにすることになった。佐藤はまた回顧として次のようにも述べている。マッカーサー草案の10条を入れるのであれば素直に第3章に入れておくべきだったかと頭に残った。しかし、この第97条の説明としては、基本的人権こそ憲法の核心なのでこの条文は、まさに実質的な意味での最高法規性につながる、ということで当時から今まで一貫してきた。こだわりはあるが、もはやこの条文は、“時と経験の坩堝”のなかで、第10章に溶けこんでいる。 以上の経緯を前提にすると、もし重複を解消するとしたら、すべきなのは11条の方ということになるが、97条は不要な条文であるとする見解もある[誰?]。
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