施設の復旧と輸送力の回復
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/31 04:34 UTC 版)
「奈良電気鉄道」の記事における「施設の復旧と輸送力の回復」の解説
終戦直前資材の入手難で、在籍車両の50%近くが運転不能になるが、職員の復員、熟練工の新規採用による労力不足の解消で、順次回復に向かう。軌道関係においても、老朽枕木、摩耗軌条の交換、道床補充を行い、電気関係でも架線張替などが行われた。また1948年2月には電動・制御客車各3両増備、7月京都駅3号線増設が行われた。これらの施設復旧・改良により戦時中の低速運転は、戦後5回のダイヤ改正により1949年8月には戦前の車両走行距離で見ると333万キロと1934年から1936年の約40%増の状態まで回復した。 戦後、工員輸送は沿線の軍需工場の操業全面停止で激減したが、戦災者の転入や極端な食糧危機で主食類を都市へ運ぶ『かつぎ屋』などが殺到し1947年上期まで急上昇した。
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