方円社時代
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/11/21 05:51 UTC 版)
岩佐敬重の五男として生まれる。幼時から碁に親しみ、1895年(明治28年)方円社に入社、1897年(明治30年)初段、1901年(明治34年)四段。1903年(明治36年)、長野敬次郎と十番碁。1904年(明治37年)五段。1909年(明治42年)、石井千治、野沢竹朝とともに囲碁同志会を結成、1912年(大正元年)石井の方円社社長就任とともに方円社復帰。1913年(大正2年)六段、翌年の昇段披露会には200余名が出席した。新聞碁の勝ち抜き戦では、「万朝報」で1回、「時事新報」で2回の5人抜きを達成。1920年(大正9年)、中外商業新報の坊社両派の混合敗退戦第1局で、坊門の井上孝平と対局。
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