断層について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/08/12 17:25 UTC 版)
大森房吉教授の有珠山論文(1911年)には、1910年(明治43年)の明治噴火によって北側山麓にかかる数本の断層の動きが報告されている。これらの断層はその後の研究で、1910年のみならずその後の噴火活動でも動いていることが判明している。1977 - 1982年の噴火では有珠山山頂部での有珠新山(潜在ドーム)の成長に伴い、有珠山北東部の外輪部分が北東方向に200mせりだした。この地殻変動により洞爺湖湖畔では地盤が約25 m 洞爺湖側に動いた。これらの断層は1本の単純な断層ではなく、複数の破砕された小断層で構成される。そのため地盤が傾斜したり右にずれる断層帯として地表に変化を表した。一方、有珠山北西部(洞爺湖温泉街西部)では北東麓とは逆の左横ずれの断層が発生し道路や建物が破壊された。断層は噴火活動で動いた後は植生や風化によって急速にその姿が確認できなくなるので、有珠山・洞爺湖エリアでは過去の断層の調査に基づき、医療や教育施設は噴火の影響を受けにくく断層のない地区へ移設するなどの対策を講じている。
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