改装と北方での作戦
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/26 19:54 UTC 版)
「ハイダ (駆逐艦)」の記事における「改装と北方での作戦」の解説
ハイダは9月22日に西ヨーロッパを離れ、同月29日ノバスコシア州ハリファックスに到着した。ハイダは新型レーダーを装備した後、1945年1月半ばにスカパ・フローへ戻った。ハイダは3月19日にノルウェーのグレンスンド沖に機雷を投下する空母を護衛し、3月24日から28日にかけてトロンハイム沖の海上輸送攻撃を支援した。4月7日、ハイダはスコットランドのグリーノックから、ソ連側へ引渡すためにヴァエンガへ向かう対潜艦艇7隻を護衛した。 4月16日、JW66船団を護衛するためにハイダはクライド川を下った。4月29日から5月2日にかけてヴァエンガからのRA66船団を護衛中、第二次世界大戦のカナダ海軍にとって最後となる戦闘の一つを経験することになった。船団は攻撃を受け、ハイダとヒューロンの傍をUボートが発射した魚雷が掠めていった。小規模な交戦においてフリゲート艦グッドオール(英語版)が沈められたもののU-307(英語版)とU-286(英語版)の2隻を撃沈し、船団は吹雪の中を無事に通過していった。ハイダとヒューロンは5月6日にスカパ・フローへ戻り、5月17日にノルウェーのトロンハイム・フィヨルド(英語版)へ展開し、現地住民の歓待を受けた。5月29日から31日にかけて、ハイダ、ヒューロン、重巡洋艦ベリックと第5護衛グループ(5th Escort Group)は降伏したUボートの接収のためトロンハイムへ派遣されている。 ハイダはヒューロンとイロコイ(英語版)と共に、ダウンフォール作戦への参加に備えた改装を受けるため6月4日にハリファックスへ向かう。6月10日の到着後、熱帯地用の改装を受けたが日本の降伏に伴って中断され、ハイダは1946年3月20日に解役された。
※この「改装と北方での作戦」の解説は、「ハイダ (駆逐艦)」の解説の一部です。
「改装と北方での作戦」を含む「ハイダ (駆逐艦)」の記事については、「ハイダ (駆逐艦)」の概要を参照ください。
- 改装と北方での作戦のページへのリンク