授業書と仮説実験的認識論
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/14 15:23 UTC 版)
板倉は仮説実験授業の授業書についてエルンスト・マッハの次の言葉を引用している。「実験の結果を前もって推測させておく方法は教授法としてもはなはだ有効である。私自身、短期間ではあったが、ギムナジュウム時代に師事したH.フィリップという立派な先生は、この手続きによって生徒の注意力を非常に緊張させるすべを心得ておられた」これを受けて板倉は、「これをみると、仮説実験授業類似の授業はずいぶん早くから行われていて、その効果も認められていたようである(マッハのギムナジウム時代といえば、1850年ごろ)。」。 これについて板倉は次のように指摘している。「このように、実験の前に予想を立てさせることの意義が19世紀から注目されていたというのに、その後これがしばしば忘れ去られ、仮説実験授業の登場が多くの人々にとって新鮮なものと映じたのはどうしたことによるのであろうか。それはおそらく、実験の前に予想を立てさせることの有効性が認められても、その必然性が明らかにされず、その必然性を裏付けるような問題(実験)群が用意されなかったからではないだろうか。認識論と授業科学論が欠如していたのである。予想の意義は絶えず忘れ去られる運命にあるからこそ、われわれはそれを裏付ける授業書作成に力を注ぐ必要があるのだ。」 つまり、仮説実験授業では「推理の必然性を明らかにする問題群=授業書」が用意されているが、類似の授業では用意されなかった。 「仮説実験的認識論」も参照
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