振動エントロピー
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/08/14 02:11 UTC 版)
「標準モルエントロピー」の記事における「振動エントロピー」の解説
原子間の結合をフックの法則に従うバネとみなすなら、分子振動のシュレーディンガー方程式は解析的に解ける(調和振動子近似)。この近似により得られた分子の振動準位を使うと振動分配関数および振動エントロピーを解析的な形で書くことができる。振動エントロピーの計算に必要な振動準位間のエネルギー間隔は、赤外分光法やラマン分光法により測定される、分子の振動スペクトルから求められる。 二原子分子の振動エントロピーの寄与は以下のようになる。ここでe は自然対数の底、 x = h c ν ~ k T {\displaystyle x={\frac {hc{\widetilde {\nu }}}{kT}}} を表し、 ν ~ {\displaystyle {\widetilde {\nu }}} は振動の波数を、c は光の速さを表す。 S m,vib ( x ) = R [ x e x − 1 − ln ( 1 − e − x ) ] {\displaystyle S_{\text{m,vib}}(x)=R\left[{\frac {x}{e^{x}-1}}-\ln(1-e^{-x})\right]} この振動エントロピーの寄与が 0.01 J K−1mol−1 より大きくなるのは x {\displaystyle x} < 9.0 のときである。よって T < 1 9.0 ⋅ h c ν ~ k = 1.439 K 9.0 ν ~ c m − 1 = 0.16 K ⋅ ν ~ c m − 1 {\displaystyle T<{\frac {1}{9.0}}\cdot {\frac {hc{\widetilde {\nu }}}{k}}={\frac {1.439\,{\rm {K}}}{9.0}}{\frac {\widetilde {\nu }}{\rm {cm^{-1}}}}=0.16\,{\rm {{K}\cdot {\frac {\widetilde {\nu }}{\rm {cm^{-1}}}}}}} であれば、振動エントロピーの寄与は無視できるほど小さい。 温度 T 〜 300 K の場合は、この式は 300 K 0.16 K < ν ~ c m − 1 {\displaystyle {\frac {300\,{\rm {K}}}{0.16\,{\rm {K}}}}<{\frac {\widetilde {\nu }}{\rm {cm^{-1}}}}} となるから、分子振動の波数が ν ~ {\displaystyle {\widetilde {\nu }}} > 1900 cm−1 のときには、振動エントロピーは室温では無視できるほど小さいことがわかる。たとえば、 ν ~ {\displaystyle {\widetilde {\nu }}} = 2143 cm−1 の一酸化炭素分子 CO について計算すると 0.003 J K−1mol−1 となり確かに小さい。それに対して ν ~ {\displaystyle {\widetilde {\nu }}} = 554 cm−1 の塩素分子 Cl2 では 2.24 J K−1mol−1 となり、小さいが無視できない程度の寄与をする。 多原子分子の場合は、分子が n 個の原子から構成されているとすると、基準振動の数は 3n-6(直線分子のときは 3n-5)となる。二原子分子の場合と同様に調和振動子近似を使うと、振動エントロピーの寄与は以下のようになる。ここで x i = h c ν ~ i k T {\displaystyle x_{i}={\frac {hc{\widetilde {\nu }}_{i}}{kT}}} であり、 ν ~ i {\displaystyle {\widetilde {\nu }}_{i}} は i 番目の基準振動の波数を表す。 x {\displaystyle {\boldsymbol {x}}} は x i {\displaystyle x_{i}} の組 { x 1 , x 2 , ⋯ , x 3 n − 6 } {\displaystyle \{x_{1},x_{2},\cdots ,x_{3n-6}\}} を表す。 S m,vib ( x ) = ∑ i 3 n − 6 S m,vib ( x i ) = R ∑ i 3 n − 6 [ x i e x i − 1 − ln ( 1 − e − x i ) ] {\displaystyle S_{\text{m,vib}}({\boldsymbol {x}})=\sum _{i}^{3n-6}S_{\text{m,vib}}(x_{i})=R\sum _{i}^{3n-6}\left[{\frac {x_{i}}{e^{x_{i}}-1}}-\ln(1-e^{-x_{i}})\right]} 多原子分子の振動には、結合距離が伸び縮みする伸縮振動のほかに、結合角が広がったり狭まったりする振動やねじれ角(二面角)が変化する振動などの変角振動が存在する。変角振動の波数は伸縮振動の波数よりも普通は小さいので、変角振動によるエントロピーへの寄与は伸縮振動のそれよりも大きくなる。たとえば二酸化硫黄 SO2 では、 ν ~ {\displaystyle {\boldsymbol {\widetilde {\nu }}}} = {1362, 1151, 518} cm−1 であり、変角振動の波数 518 cm−1 は伸縮振動の波数の半分以下である。298.15 K では x {\displaystyle {\boldsymbol {x}}} = {6.57, 5.55, 2.50} となり、SO2 の振動エントロピー 2.87 J K−1mol−1 のうち 90% が変角振動の寄与である。直線分子である CO2 では、 ν ~ {\displaystyle {\boldsymbol {\widetilde {\nu }}}} = {2349, 1333, 667, 667} cm−1 であり、667 cm−1 の変角振動は二重に縮退している。これらの振動の波数から 298.15 K の CO2 の振動エントロピーは 3.01 J K−1mol−1 と算出され、そのうちの 97% は変角振動の寄与である。 多原子分子の基準振動の数が原子数 n に比例するため、振動エントロピーも n に比例して大きくなる。たとえば12個の原子からなるベンゼン分子 C6H6 の基準振動の数は 3 × 12 - 6 = 30 であるので、ベンゼンの振動エントロピーは30項の和で表される。振動スペクトルから得られた波数から 298.15 K の C6H6 の振動エントロピーを算出すると 19.24 J K−1mol−1 となる。この値は二原子分子や三原子分子の典型的な振動エントロピーよりも桁違いに大きい。
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