打瀬網漁の発展と衰退
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/06 23:39 UTC 版)
打瀬網漁は、当初、画期的な能率漁法として全国に広まり、若狭湾、大阪湾、瀬戸内海、三河湾、伊勢湾、東京湾、有明海、八代海、霞ケ浦、仙台湾、八郎潟、野付湾などで広く利用され、昭和30年代後半まで内湾の平場で操業した花形だったが、船舶の輻輳(ふくそう)、内燃機関の普及などの環境の変化、非能率であったことから姿を消した。これに代わる形で、袋網を動力付き漁船で引く「小型底びき網」が操業されている。 北海道と九州の一部の地域では、歴史ある伝統漁法として現在も残っている。帆打瀬については、北海道の野付湾「尾岱沼」でホッカイエビ「ホッカイシマエビ」の漁法として使用されている。これはエビの生育に不可欠なアマモの繁殖場を傷つけないために行なわれているものである。また、鹿児島県出水市では、クマエビ漁のために「桁打瀬船」によって帆打瀬が行われている。また、熊本県芦北町計石ではアカアシエビ(クマエビ)などが獲れる打瀬網漁が盛んで「観光うたせ船」の営業を含め現在も操業されている。また、潮打瀬については、熊本県の天草有明海で速い潮流を利用した「しお打瀬網」が現在も行われている。
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