志和町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/12/09 05:06 UTC 版)
しわちょう 志和町 | |
---|---|
廃止日 | 1974年4月20日 |
廃止理由 |
新設合併 賀茂郡西条町、志和町、高屋町、八本松町→東広島市 |
現在の自治体 | 東広島市 |
廃止時点のデータ | |
国 |
![]() |
地方 | 中国地方(山陽地方) |
都道府県 | 広島県 |
郡 | 賀茂郡 |
市町村コード | 34404-4 |
面積 | 66.49 km2 |
総人口 |
7,473人 (1973年3月31日) |
隣接自治体 | 広島市、賀茂郡高屋町、八本松町、福富町 |
志和町役場 | |
所在地 | 広島県賀茂郡志和町 |
座標 | 北緯34度29分57秒 東経132度39分37秒 / 北緯34.49922度 東経132.66025度座標: 北緯34度29分57秒 東経132度39分37秒 / 北緯34.49922度 東経132.66025度 |
ウィキプロジェクト |
志和町(しわちょう)はかつて広島県賀茂郡に存在した町である。
国立広島大学の移転問題を契機に西条盆地にある4つの町の合併問題が浮上し、1974年4月20日に賀茂郡西条町・高屋町・八本松町と合併(新設合併)して東広島市に移行したことに伴い消滅した。
沿革
- 1889年4月1日 - 町村制が施行され、賀茂郡に属する志和堀村・西志和村・東志和村が発足する。
- 1955年8月1日 - 志和堀村・西志和村・東志和村が合併(新設合併)して志和町が成立する。
- 1974年4月20日 - 賀茂郡西条町・高屋町・八本松町と合併(新設合併)して東広島市に移行したことに伴い消滅する。
地理
- 山
- 安駄山(標高735.3m)
- 金明山(標高735.0m)
- 虚空蔵山(標高666.1m)
- 深堂山(標高597.8m)
- 八世以山(標高495.2m)
- 生城山(標高485.4m)
- 鍋山(標高412m)
大字
交通(1974年4月19日当時のデータ)
鉄道
道路
- 国道
- 主要地方道
- 一般県道
- 広島県道153号白木八本松線…現:広島県道46号東広島白木線
- 広島県道176号小河原志和線…一部(広島県道33号瀬野川福富本郷線以南)は1994年に広島県道83号志和インター線に移行。
- 広島県道339号内区米満線…現:広島県道80号東広島向原線
教育
- 中学校
出身人物
- 谷川昇 - 内務官僚、元政治家(衆議院議員)。広島カープの「カープ」名付け親。正五位勲四等受章。
- 岸田正記 - 実業家、政治家。元幾久屋百貨店主。元衆議院議員。第100代、第101代総理大臣岸田文雄の祖父。岸田家の墓所は今も志和にある。
- 近藤荒樹 - 実業家、相場師。元近藤商事会長。「丸ビル将軍」、「金融王」などと呼ばれた。
- 谷川和穂 - 政治家。衆議院議員(12期)、法務大臣(第49代)、防衛庁長官(第41代)等を歴任した。父は元衆議院議員で、広島東洋カープの設立に尽力した谷川昇。
関連項目
志和町
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/17 11:15 UTC 版)
広島県道33号瀬野川福富本郷線が志和堀から西志和地区にかけて横断しており、旧福富町地区や広島市安芸区に繋がっている。 広島県道46号東広島白木線が志和東から志和堀にかけて縦断しており、八本松地区や広島市安佐北区に繋がっている。 志和堀地区 旧志和町の中心部で商店街や主要県道が交差している。清冽な環境で、半川(はんかわ)沿いの千代乃春酒造周辺では、毎年6月初旬に蛍が乱舞する。このため、志和堀は「ホタルの里」として有名になり、志和堀小学校の行事であった「ホタルまつり」は、いまや観光の目玉になっている。また、覚醒の鐘とも鐘撞堂とも呼ばれた「時報塔」(国の登録有形文化財)がある。 東志和地区 並滝寺と呼ばれる寺院があり、その近くにある温泉施設には温泉客が多く訪れる。周囲には田畑が多い一方、工業団地があり工業も盛ん。 別府・西志和地区 山陽道の志和ICがあるという地理的条件から流通団地が造成されている。清涼飲料(地元企業)や自動車部品(在阪企業)等の工場があり、東志和と同じく工業が盛んである。
※この「志和町」の解説は、「東広島市」の解説の一部です。
「志和町」を含む「東広島市」の記事については、「東広島市」の概要を参照ください。
固有名詞の分類
- 志和町のページへのリンク