幕末と明治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/02/13 10:18 UTC 版)
幕末、最後の藩主高謙は財政難の中、軍備の近代化を進めた。火薬や大砲を造り、また、佐伯湾内に砲台も築いた。高謙は早くから孝明天皇に拝謁している尊皇派で、慶応年間には朝廷に献上品を差し出しており、早くから朝廷に接近していた。 明治2年(1869年)3月4日、版籍奉還を行なった高謙は佐伯知藩事に任命され華族に列した。12月には家老や番頭などの旧職名を廃して大参事、権大参事、小参事などを置く職制改革を行ない、藩士を士族と卒族に分け、俸禄規定も改正した。明治4年(1871年)7月14日、廃藩置県により佐伯県となり、後に大分県に編入された。藩主家は、明治17年(1884年)に子爵となった。
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