工部省営繕
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/06/12 13:29 UTC 版)
「チャールズ・アルフレッド・シャストール・ド・ボアンヴィル」の記事における「工部省営繕」の解説
・来日前に、ある程度の設計資料は携えてきたが、工部大学校や皇居の設計では師のキャンベル・ダグラスやウィリアム・ヘンリー・ホワイトから助言を得ていたと思われる。 ・工学寮及び工部大学校 工部省の建築営繕を測量司が兼ねていたため、1872年12月に来日すると測量司所属となり、マクヴェインに代わり工学寮工学校校舎(小学館、生徒館、教師館)の施工監理に当たった。翌年、これらを完成させると、都検ダイアーを初めとする教師団と綿密に議論しながら専門教育のための本館の建設に取りかかった。 ・工部大学校本館建築はイギリス人建建築家エドワード・ロビンスEdward Cockworthy Robinsによってイギリスの学術雑誌や学会で広く紹介された。ロビンスは技術教育のための施設建築の設計を研究しており、工部大学校本館をそのための施設として最も先進的事例として評価した。 ・紙幣寮、外務省、皇居 ・富岡製糸場 ・その他 芝聖アンデレ教会初代聖堂.
※この「工部省営繕」の解説は、「チャールズ・アルフレッド・シャストール・ド・ボアンヴィル」の解説の一部です。
「工部省営繕」を含む「チャールズ・アルフレッド・シャストール・ド・ボアンヴィル」の記事については、「チャールズ・アルフレッド・シャストール・ド・ボアンヴィル」の概要を参照ください。
- 工部省営繕のページへのリンク