小鎚神社とは? わかりやすく解説

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小鎚神社

読み方:コツチジンジャ(kotsuchijinja)

別名 明神さま

教団 神社本庁

所在 岩手県上閉伊郡大槌町

祭神 日本武尊 ほか

神社名辞典では1989年7月時点の情報を掲載しています。

小鎚神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/09/02 07:32 UTC 版)

小鎚神社

本殿(2019年1月)
所在地 岩手県上閉伊郡大槌町上町2-16
位置 本宮:北緯39度21分29.0秒 東経141度53分49.8秒 / 北緯39.358056度 東経141.897167度 / 39.358056; 141.897167 (本宮)
奥之院: 北緯39度23分53.7秒 東経141度46分3.9秒 / 北緯39.398250度 東経141.767750度 / 39.398250; 141.767750 (奥之院)
主祭神 日本武尊
櫛磐間戸命
豊磐間戸命
稲倉魂命
少名彦名命
素戔鳴命
社格 郷社
創建 天長6年(829年
例祭 9月第3月曜日(敬老の日
地図
本宮
奥之院
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小鎚神社(こづちじんじゃ)は、岩手県上閉伊郡大槌町に存在する神社旧社格郷社。大槌(つち)町の小鎚(づち)神社であり、漢字も読みも違う。

由緒

天長6年(829年)に新山(大槌町と釜石市に跨る山)でヤマトタケルを奉ったことが始まりとされる。以降暫時東に遷され、寛永6年(1629年)9月に現在の場所に遷されたとされる。源頼義とその子義家前九年の役安倍貞任を倒した後、現在の釜石市から山田町にかけての地域数十郷の鎮守として、閉伊郡中七社明神の一社とされた。昭和21年(1946年郷社となる。

神輿渡御

9月第3月曜日を含む3連休に行われる大槌まつりの小鎚神社祭典神輿渡御では神社を出発した神輿が小鎚川を渡河することが見所となっている。[1]

文化財等

1748年延享5年)、前川善兵衛から寄進された石灯籠が町から有形文化財に、境内のモミが町から天然記念物に指定されている。また金銅伝牛頭天王座像も指定されているが、所蔵者宅が東北地方太平洋沖地震津波後に発生した火災によって焼失した[2]

奥之院

創建の地とされる新山高原には小鎚神社奥之院が存在するが、この場所が創建時の正確な位置であるかは定かでない。

交通アクセス

脚注

  1. ^ 小鎚神社神輿渡御順路”. 大槌町. 2018年6月9日閲覧。
  2. ^ 岩手県上閉伊郡大槌町被災文化財確認調査報告書(岩手歴史民俗ネットワーク、2012年2月)

外部リンク

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