天文館からの映画館の消滅と復活
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「ガーデンズシネマ」の記事における「天文館からの映画館の消滅と復活」の解説
2004年(平成16年)にはJR鹿児島中央駅前のアミュプラザ鹿児島に鹿児島県最大級のシネマコンプレックス(シネコン)である鹿児島ミッテ10が開館。これによって天文館にあったシネシティ文化の収益が悪化し、また鹿児島市郊外にシネコンが開館することも決定していたことから、2006年(平成18年)6月5日には九州初のシネコンであるシネシティ文化が休館となった。 さらには同年10月15日に鹿児島市郊外にシネコンのTOHOシネマズ与次郎が開館するのに合わせて、前日の10月14日をもって鹿児島東宝(1974年開館・3スクリーン)が閉館し、ついに天文館から映画館が消えた。福岡有楽興行が運営していたシネシティ文化は休館後も興行再開を模索したが、2006年10月に興行再開を断念している。 2009年時点で沖縄県を含む九州地方の8県には最低1館のミニシアターがあったが、鹿児島県のみにはミニシアターが存在しなかった。フィルム上映のための映写機を有する施設がないため、鹿児島県では自主上映会を開催するにも苦労を強いられた。社会学者の斉藤悦則は、鹿児島県は九州ではもっとも劣悪な映画環境と指摘している。2009年末時点の鹿児島県のスクリーン数は24館であり、沖縄県を含む九州地方8県の中では宮崎県に次いでスクリーン数が少なかった。
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天文館からの映画館の消滅と復活
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「天文館シネマパラダイス」の記事における「天文館からの映画館の消滅と復活」の解説
2004年(平成16年)にはJR鹿児島中央駅前のアミュプラザ鹿児島に鹿児島県最大級のシネマコンプレックス(シネコン)であるミッテ10が開館。これによって天文館にあったシネシティ文化の収益が悪化し、また鹿児島市郊外にシネコンが開館することも決定していたことから、2006年(平成18年)6月5日には九州初の複合映画ビルであるシネシティ文化が休館となった。 さらには同年10月15日に鹿児島市郊外にシネコンのTOHOシネマズ与次郎が開館するのに合わせて、前日の10月14日をもって鹿児島東宝(1974年開館・3スクリーン)が閉館し、ついに天文館から映画館が消えた。有楽興行が運営していたシネシティ文化は休館後も興行再開を模索したが、2006年10月に興行再開を断念している。 2009年(平成21年)末時点の鹿児島県のスクリーン数は24館であり、沖縄県を含む九州地方8県の中では宮崎県に次いでスクリーン数が少なかった。2010年(平成22年)4月28日には三越鹿児島店跡地にマルヤガーデンズが開店し、これに合わせてミニシアターのガーデンズシネマが開館した。これによって約4年ぶりに天文館に映画館が復活している。ガーデンズシネマの運営を担っているのは、2007年6月16日に黒岩美智子を中心として発足した自主上映団体「鹿児島コミュニティシネマ」である。
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