天主実義
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/09/17 19:52 UTC 版)
『天主実義』(てんしゅじつぎ、拼音: 、天主實義)は、明代中国のイエズス会宣教師、マテオ・リッチ(利瑪竇)の主著[1]。天主教(カトリック)の教義を漢文で説明した書物[2]。1603年(万暦31年)初刻[2]。
内容
中国人の「中士」と西洋人の「西士」の問答形式で、天主(神)の存在、人間の霊魂、倫理などについて論じる[2]、カテキズム(教理問答)である[3][4]。神を中国古来の「上帝」や「天」と結びつける点に特徴がある[5][6](適応主義)。三教・理気論・性善説などの中国思想と、アリストテレスなど西洋哲学との東西対話の要素を含む[5][7][8]。
文体は、明代風の漢文だが名文とは言いがたく、破格の句法や造語を含む[9]。
全2巻8篇[2]。冒頭に馮応京の「天主実義序」とリッチ自身の「天主実義引」がある[10]。
成立
本書は1594年頃から執筆、1596年頃脱稿、ゴアの異端審問官から出版許可が下りた後、1603年北京で初刻された[3]。
本書の姉妹作として、ルッジェーリ『天主実録』(『天主聖教実録』とも、1584年)[11][3][12][13]、リッチ『天主教要』(1605年)[3][14]、リッチ『畸人十篇』(1608年)がある[15][12][16]。
影響・伝来
徐光啓は本書を読んで受洗を決意した[17]。康熙帝も本書に敬意を表したとされる[18][19]。
本書の影響のもと、アレーニ『三山論学記』[20][21]、プレマール『儒教実義』[22]、回儒の王岱輿『正教真詮』[23]などが著された。『聖朝破邪集』には、費隠通容や雲棲祩宏による本書への批判が収録されている[20]。李之藻の叢書『天学初函』にも収録された[24]。『四庫提要』には存目として載っている[25]。
本書は漢字圏での布教に使うため、度々重刻された[24]。典礼論争による禁教を挟んで、清末の1868年(同治7年)に再び重刻された[26]。
李氏朝鮮では、実学者の李睟光や李星湖に読まれ、朝鮮のキリスト教の拡大に貢献した[27]。
日本にも舶来し、キリシタンの禁書に指定されながらも、林羅山や平田篤胤[28][29]、水野軍記[30]に読まれた。新井白石[28]、ハビアン[31][32][33]にも読まれたと推測される。内閣文庫・蓬左文庫には現存最古級の刊本がある[29][34]。
日本語訳
- 後藤基巳『天主実義』明徳出版社〈中国古典新書〉、1971年。ISBN 978-4896192520。
- 柴田篤 訳『天主実義』平凡社〈東洋文庫〉、2004年。 ISBN 978-4582807288。
参考文献
- 新居洋子 著「学知と宣教 在華イエズス会士による適応の変容」、齋藤晃 編『宣教と適応 グローバル・ミッションの近世』名古屋大学出版会、2020年。 ISBN 978-4815809775。
- 井川義次「イエズス会士を仲介とする儒教情報の啓蒙期欧米への流入と受容」『人文研ブックレット』第40号、中央大学人文科学研究所、2023年。 NCID BD01139282 。
- 神崎繁「魂の位置――十七世紀・東アジアにおけるアリストテレス『魂論』の受容と変容――」『中国 : 社会と文化』第19号、中国社会文化学会、2004年。 NAID 40006409873 。
- 柴田篤 著「天主実義」、尾崎雄二郎; 竺沙雅章; 戸川芳郎 編『中国文化史大事典』大修館書店、2013年、898f頁。 ISBN 9784469012842。
- 柴田篤 著「明末天主教と死生観――中西対話の底に流るるもの」、川原秀城 編『西学東漸と東アジア』岩波書店、2015年。 ISBN 978-4000610186。
- 中砂明徳 著「天主と耶穌 明末における受難のナラティブ」、齋藤晃 編『宣教と適応 グローバル・ミッションの近世』名古屋大学出版会、2020年。 ISBN 978-4815809775。
- 平川祐弘『マッテオ・リッチ伝 2』平凡社〈東洋文庫〉、1997年。 ISBN 978-4582806243。
- 福島仁「ヨーロッパ人による最初の理気論――西洋の神と朱子学の理」『中国 : 社会と文化』第4号、中国社会文化学会、1989年 。
- 吉田公平 著「利瑪竇の『天主実義』について」、東北大学文学部日本文化研究所 編『神観念の比較文化論的研究』講談社、1981年 。
- 王雯璐「『天主実義』の初期刊本とその改訂をめぐって」『或問』第31号、近代東西言語文化接触研究会、2017年 。
脚注
- ^ 柴田 2004, p. 318f.
- ^ a b c d 柴田 2013, p. 898f.
- ^ a b c d 柴田 2004, p. 319-321.
- ^ 平川 1997, p. 15.
- ^ a b 柴田 2004, p. 321-325.
- ^ 平川 1997, p. 103.
- ^ 吉田 1981, p. 809-817.
- ^ 福島 1989, p. 26.
- ^ 後藤 1971, p. 7.
- ^ 柴田 2004, p. 325.
- ^ 後藤 1971, p. 16.
- ^ a b 吉田 1981, p. 788-792.
- ^ 中砂 2020, p. 210-216.
- ^ 中砂 2020, p. 217f.
- ^ 後藤 1971, p. 20.
- ^ 柴田 2015, p. 107.
- ^ 柴田 2004, p. 330.
- ^ 後藤 1971, p. 33.
- ^ 柴田 2004, p. 327.
- ^ a b 柴田 2004, p. 331.
- ^ 新居 2020, p. 183.
- ^ 堀池信夫「『儒教実義』の思想」『中国文化 : 研究と教育』第56号、中国文化学会(筑波大学文芸言語学系内)、1998年。 NAID 110000256295 。40頁。(再録:『夕映えのユーラシア 桜邑文稿3』明治書院、2022年)
- ^ 青木隆「王岱輿『正教真詮』における 太極の「借用」について」『中国語中国文化』第19号、日本大学文理学部中国語中国文化学科、2022年 。 CRID 1390854717734733696。156頁。
- ^ a b 柴田 2004, p. 325f.
- ^ 柴田 2004, p. 333.
- ^ 柴田 2004, p. 329.
- ^ 柴田 2004, p. 336f.
- ^ a b 柴田 2004, p. 334f.
- ^ a b 井川 2023, p. 23f.
- ^ 講談社、デジタル版 日本人名大辞典+Plus『水野軍記』 - コトバンク
- ^ 後藤 1971, p. 35.
- ^ 神崎 2004, p. 49.
- ^ 平川 1997, p. 191.
- ^ 王 2017, p. 63.
関連項目
- 天主実義のページへのリンク