大分の百合若伝説とは? わかりやすく解説

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大分の百合若伝説

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 14:48 UTC 版)

百合若大臣」の記事における「大分の百合若伝説」の解説

左大臣公光の子百合若は、成長するにつれて弓に長けた勇武若者となり、その名は近隣にも響くようになる鉄弓かねてからもちいていた。やがて春日姫という美しい嫁を迎え睦まじく暮らすが、豊後の国司に任じられる百合若は、日本押し寄せてきた蒙古大軍討伐命じられる。この侵略追い払った百合若は、対馬沖で対決し蒙古大軍打ち破る戦い勝った後、別府太郎部下裏切られ玄海島に置いて行かれる百合若別府太郎らは帰国後、天子百合若病没したという虚偽報告をして豊後の国司の知行得た太郎恋愛迫られてもなお、百合若の死を信じられぬ姫は、手紙の緑丸の脚に結びつけて放す玄海にたどりつき、百合若が血で書いた文を返信する。春日姫は今度に硯や筆・墨括って送り出すが、荷重のために海に落ち遺骸となって百合若元に漂着する百合若は、嵐が吹き寄せた漁船便乗し豊後帰還する正体隠して苔丸」と名乗り別府太郎のもとに仕える。正月弓始めの式で、百合若別府弓術嘲笑し、得意の弓術披露するチャンスを得る。の弓をあてがわれると、百合若は、自分裏切った太郎をなじったうえで射抜き復讐を果たす。その後百合若春日姫と涙の再会果たし国司の位も取り戻した春日姫の身代わりとなった(まこも)の池に身を投げた門番の翁の娘の万寿姫を忍んで百合若は、山万寿寺を建立また、の緑丸の菩提を弔うために高尾山神宮寺建立した

※この「大分の百合若伝説」の解説は、「百合若大臣」の解説の一部です。
「大分の百合若伝説」を含む「百合若大臣」の記事については、「百合若大臣」の概要を参照ください。

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