境外関係社
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/08 01:35 UTC 版)
全ての座標を示した地図 - OSM全座標を出力 - KML 表示 荒船神社社格:境外摂社 鎮座地:甘楽郡下仁田町南野牧に里宮(北緯36度14分13.28秒 東経138度39分58.31秒 / 北緯36.2370222度 東経138.6661972度 / 36.2370222; 138.6661972 (荒船神社(里宮)))、荒船山山頂に奥宮(北緯36度12分14.75秒 東経138度38分13.83秒 / 北緯36.2040972度 東経138.6371750度 / 36.2040972; 138.6371750 (荒船神社(奥宮))) 祭神:経津主命 『神道集』には抜鉾神の起源として笹岡山の記載があるが、これは荒船山にあたるとされる。荒船山は帰化人から崇敬された。 稲含神社(いなふくみ-)社格:境外摂社 鎮座地:甘楽郡甘楽町秋畑に里宮(北緯36度10分56.84秒 東経138度51分44.55秒 / 北緯36.1824556度 東経138.8623750度 / 36.1824556; 138.8623750 (稲含神社(里宮)))、稲含山山頂に奥宮(北緯36度10分15.11秒 東経138度49分29.08秒 / 北緯36.1708639度 東経138.8247444度 / 36.1708639; 138.8247444 (稲含神社(奥宮))) 『上野国神名帳』一宮本に「正一位稲含大明神」と記載されている。本社の重要な祭事では、当社の氏子も参加して役割を担当する。本社本殿の雷神小窓は稲含山を向いている。 小船神社(こぶね-)社格:境外末社、本社の祓戸、旧村社 鎮座地:富岡市富岡(北緯36度15分22.69秒 東経138度54分6.45秒 / 北緯36.2563028度 東経138.9017917度 / 36.2563028; 138.9017917 (小船神社(祓戸))) - 古くはさらに北方にあった 祭神:経津主命 『上野国神名帳』総社本には「従五位 小船明神」と記載されている。江戸期の由来書によれば、一宮大明神が天竺から来る時に使った2艘の船のうち1艘を祀ったとされる。 咲前神社(さきさき-)社格:本社前宮、旧村社 鎮座地:安中市鷺宮(北緯36度18分4.62秒 東経138度52分45.37秒 / 北緯36.3012833度 東経138.8792694度 / 36.3012833; 138.8792694 (鷺宮咲前神社(前宮))) - 本社の前鎮座地とされる 祭神:健経津主命(合祀:大己貴命、保食命) 社伝では、経津主命が建御名方命を追って上野国・信濃国国境の荒船山に出陣した際の行在地とされる。安閑天皇元年(534年)6月、抜鉾大神「健経津主命」を祀り、磯部朝臣が祭祀を司った。白鳳元年(650年)抜鉾大神は蓬丘菖蒲谷に遷された。前宮跡は、先宮(さきのみや、のち鷺宮)とされ咲前神社が祀られた。この時、改めて香取神宮から経津主命が勧請され、ほか2神が合祀された。以後の祭祀は藤原姓の和太氏が司った。 一方、礒部郷に居住した物部性磯部氏により氏神の石上神宮が分祀され、その勢力が貫前神社に移っていったとする説もある。 『上野国神名帳』には「従五位上 咲前明神」と記載されている。本社の重要な祭事では、当社の氏子も参加して役割を担当する。
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