商工ファンド創業
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1977年に三井物産を退社し、商工ローンの日栄で経験を積む。同社退社後、銀行の貸し渋りで資金調達に困る中小企業を相手に、商業手形を割り引いて資金を融通する商工ファンド(現・SFCG)を1978年12月に設立し、1979年2月より従業員5人で営業を開始した。 1989年8月30日に店頭市場に上場。この際に、商工ファンドを頂点とするコングロマリットを築き上げるべく、「102社構想」を長期的な目標として打ち出した。1999年には東京証券取引所1部上場を果たし、102社構想を実現するためにマルマン(現・マジェスティ ゴルフ)やCSK・エレクトロニクス(現・MAGねっとホールディングス)を始めとする企業買収を進めた。 渋谷区松濤の豪邸に住み、1997年にはフォーブスの世界長者番付で61位に、続く1998年には174位にも入った。移動にはドイツの高級車マイバッハ(タイプ62・右ハンドル)を使用していた。しかし日栄をはじめとする商工ローンの高金利、過剰貸付、脅迫的取立てなどが問題視され、1999年12月には参議院に証人喚問された。社員には厳しいノルマを課し、朝会でなじられたことを苦に自殺した社員もいたと報じられたこともある。
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