古代ギリシア・キリスト教での愛
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/01 04:30 UTC 版)
「愛」の記事における「古代ギリシア・キリスト教での愛」の解説
キリスト教において最大のテーマとなっている愛と言えば、まずなによりもアガペーである。そのアガペーとはいかなるものなのか、その特質を説明するにあたって、キリスト教関連の書物や西欧文化圏の書物では、あえて4種類の感情(すでに古代ギリシア時代から考えられていた4種類の"愛"、いずれもギリシア語表現。)について説明していることが多い。それらは以下のとおり。 「ストルゲー」 στοργή storgēキリスト教では家族愛。(古代ギリシアでは風、火、水、土を結合させる愛、であった。) 「エロス」 έρως érōsキリスト教では性愛。(古代ギリシアでは自己を充実させる愛、であった。) 「フィーリア」 φιλία philíaキリスト教では隣人愛。友愛。(古代ギリシアでは友人の友人に対する愛。) 「アガペー」 αγάπη agápēキリスト教では真の愛。(古代ギリシアではあるものを他よりも優遇する愛、であった。)新約聖書においては「神は愛です」(ヨハネの手紙一 4:8, 16)に代表されるように、神の本質が愛であり、特にイエス・キリストを通して愛が示されている。「アガペー」及び「フィーリア」は聖書に用いられているが、「エロス」は用いられていない。 イエスは言った「されど我ら汝らに告ぐ、汝らの敵を愛し、汝らを迫害する人のために祈れ」(マタイ 5:44)と。ここに自分を中傷し敵対する相手であれ、神の子供として、また、罪を贖われた者として、隣人とみなして赦し合うべきであるという、人類愛の宣言がある。 パウロは対神徳として信仰、希望、愛を掲げたが、「そのうち最も大いなるは愛なり」(1コリント 13:13)と言い、「山を移すほどの大いなる信仰ありとも、愛なくば数うるに足らず」(同13:2)、「愛を追い求めよ」(同14:1)としるし、すべての徳とキリスト教における愛の優位性を確立した。また彼は、神の永続的な無償の愛を恩寵charis(ロマ 1:5、ほか)と呼び、これはのちにgratiaとラテン語訳されて、キリスト教神学の原理的概念として重んぜられたのである。 西欧の伝統、キリスト教の信仰においては、愛は非常に大きなテーマである。キリスト教においては、「神は愛である」としばしば表現される。また、「無条件の愛」もたびたび言及されている。
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