区内が発祥・発展の地の企業
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/26 09:03 UTC 版)
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東洋シヤッター1955年、佃にて創業。 オムロン立石電機製作所時代の1936年、野里に本社工場を建設。1945年6月の空襲にて焼失。 日本製薬日本製薬と経営統合した大五栄養化学(大五製薬)が1921年、当時の西成郡千船村大和田にて創業。1926年に武田薬品工業大阪工場そばに移転したが、その場所には現在、大阪市立十三市民病院が建っている。 東洋炭素1941年、近藤カーボン工業所として竹島に設立、2007年に本社を竹島から梅田に移転した。旧本社は現在「近藤照久記念東洋炭素総合開発センター」となっている。 ダイヤゼブラ電機1925年福島区大開にて美登里商会を創業し、珪素鋼板の販売およびラジオ用鉄心の製作を開始した。1939年には西淀川区内に美登里製作所を設立し、1940年には美登里製作所から田淵電機への商号変更を実施した。同区内の本社を中心として電子機器用変成器・電源機器、各種部品の製造・販売を続けてきたが、2006年8月に鶴見区に有った開発センターと御幣島にあった本社の機能を統合するため、淀川区宮原に移転した。移転前に入居していた御幣島の本社跡には現在、篠原電機淀川事業所が入居している。 オーツカテック1901年に個人経営(大塚鉄工所)で各種工作機械及び産業機械の製作を開始し、1946年一般産業機械の製作に転向。1989年に大塚鉄工所からオーツカテックに社名変更。2003年に1960年代から資本参加していた住友重機械工業の子会社・住重ファインテック(現:住友重機械ファインテック)と事業統合し、御幣島の工場機能については倉敷市にある住重ファインテックの本社工場内へ全面移転した。跡地にはパークスクエア・レピア御幣島東公園とエンゼルパークスプリングスが建っている。
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