冠位四十八階
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/21 07:06 UTC 版)
「冠位・位階制度の変遷」の記事における「冠位四十八階」の解説
諸王十二階服色(685年)服色(690年)1明大壱 朱花 2明広壱 3明大弐 4明広弐 5浄大壱 黒紫 6浄広壱 7浄大弐 8浄広弐 9浄大参 赤紫 10浄広参 11浄大肆 12浄広肆 諸臣四十八階服色(685年)服色(690年)1正大壱 深紫 赤紫 2正広壱 3正大弐 4正広弐 5正大参 6正広参 7正大肆 8正広肆 9直大壱 浅紫 緋 10直広壱 11直大弐 12直広弐 13直大参 14直広参 15直大肆 16直広肆 17勤大壱 深緑 深緑 18勤広壱 19勤大弐 20勤広弐 21勤大参 22勤広参 23勤大肆 24勤広肆 25務大壱 浅緑 浅緑 26務広壱 27務大弐 28務広弐 29務大参 30務広参 31務大肆 32務広肆 33追大壱 深蒲萄 深縹 34追広壱 35追大弐 36追広弐 37追大参 38追広参 39追大肆 40追広肆 41進大壱 浅蒲萄 浅縹 42進広壱 43進大弐 44進広弐 45進大参 46進広参 47進大肆 48進広肆 天武天皇14年(685年)1月、冠位二十六階を改訂し、冠位四十八階が制定された。前年10月に制定された八色の姓と関連があると言われる。史料が乏しく、二十六階との対応関係は定かではない。また同時に、諸王(親王と王の総称)を諸臣と分離して別の冠位(十二階)を与え、諸臣の上位においた。明・浄などの冠位の名称については道徳観念や徳目を表したものなどの説がある。大宝令で位階制が制定されるまで存続した。なお、明位を授けた実例はない。 同年6月には各位の朝服の色を定め、浄位以上は朱花、正位は深紫、直位は浅紫、勤位は深緑、務位は浅緑、追位は深葡萄、進位は浅葡萄とした。持統天皇の即位した持統天皇4年(690年)4月、朝服の色が改められ、浄位以下、上から黒紫、赤紫、緋、緑、縹とされた。
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