人物・宗教・趣味
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/10 08:20 UTC 版)
「ジョージ・ハリスン」の記事における「人物・宗教・趣味」の解説
60年代後半以降、ヒッピー・ムーブメントやサイケデリックなドラッグの影響もあり、ヒンズー教に傾倒した。1960年代半ばまでに、インドの宗教を他のビートルズに紹介し、インド文化と神秘主義の賛美者になる。映画『ヘルプ』の撮影中、ビートルズのメンバーはバハマで、スワミ・ビシュヌ・デバナンダ(シヴァナンダ・ヨガの創始者)の会合に出席。彼は本に署名した「ヨガの完全なイラストレーション・ブック」をハリスンに渡した。ヒンズー教のヨガの伝統に沿って、1966年の最後のビートルズツアーの頃から1960年代後半までに菜食主義者になった。インドへ、ビートルズのメンバーやドノヴァン、ジェーン・アッシャー、ミア・ファロー、マイク・ラヴらと旅行に行ったこともある。1966年にラヴィ・シャンカールによって様々な宗教的なテキストが与えられた後、彼はスワミ・ヴィヴェカナンダとパラマハンサ・ヨーガナンダのヨガと、ライターの教えの生涯にわたる支持者として残った(ラジャ・ヨガとヨギの自叙伝による)。また、1969年中頃、ロンドンにあるラダ・クリシュナ・テンプル(寺院)のメンバーによるシングル「ハリ・クリシュナ(Hare Krishna Mantra)」を、1971年には同曲を含むアルバム『ラダ・クリシュナ・テンプル』をプロデュースした。「マイ・スウィート・ロード」の曲中にも、クリシュナという歌詞が出てくる。 少年時代からスティーヴ・マックイーンやポ-ル・ニューマンと同様、モータースポーツのファンで、79年のインタヴューでも車好きを明らかにしている。また自身もレースにドライバーとして参戦した。彼は79年にF1ドライバーのジャッキー・スチュアートらに捧げた曲「Faster」をアルバム内で発表した。「Faster」の印税は、29歳で癌で亡くなったF1ドライバーのグンナー・ニルソンが創設した癌撲滅基金に寄付された。顔がジョージと似ているF1ドライバーのデイモン・ヒルとも親交があった。参戦資金が不足していたヒルがジョージに支援依頼の手紙を郵送した際、ジョージは資金を提供した。数年後、F1チャンピオンになったデイモンは返済を申し出るが、ジョージは辞退した。
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