九五式重戦車の概要
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/30 09:53 UTC 版)
九五式重戦車は前述の多砲塔戦車の一種である。日本で作られた初の戦車として試製一号戦車、その改良型に試製九一式重戦車があるが、これらも車体前後に機関銃を装備した銃塔を持つ多砲塔戦車であった。また九五式重戦車は実用試験目的で満州に輸送された。しかし両者共にコストや重量、機動性の問題があり、量産されることは無かった。 九五式重戦車は、1932年(昭和7年)3月に竣工した試製九一式重戦車を基に、1932年(昭和7年)12月に開発が始まり、1934年(昭和9年)9月には試作車が完成した。全体的な形状は試製一号戦車や試製九一式重戦車をほぼ踏襲しているが、装甲防護力や火力が向上している。 九五式重戦車は鉄道輸送を考慮して全長6.47m、全幅2.7m、全高2.9m、重量26tとなっていたが、当時としては大型の戦車である。レイアウトは後方から見て車体前方左側に九四式三十七粍戦車砲を積んだ副砲塔、その後方の一段高められた車体上に九四式七糎戦車砲と機銃を積んだ主砲塔、ついで機関室のスロープ、その背後の車体中心線付近に車載軽機関銃を積んだ銃塔が載せられている。 乗員配置は、車体前部右側に操縦手、車体前部左側の旋回砲塔に砲手、主砲塔に右側の車長と左側の砲手、車体後部の旋回銃塔に機銃手の、計5名である。70mm砲の装填手については、5kgという弾薬筒重量からして、車長が兼任したものと考えられる。 砲塔の装甲厚は前面30mm、側面・後面25mm、上面12mmである。車体の装甲厚は前面35mm、側面30mm、後面25mm、上面12mmとこの時期の日本戦車としては厚く、ソ連のT-35に近いものとなっている。また試製一号戦車の装甲厚は8mmから17mm、試製九一式重戦車が主要部20mmであり、本車の装甲防御力は増している。本車は当時の技術水準からリベット接合により組み立てられている。ただし一部証言では車体が軟鋼製であったとされる(4輌の内の何輌かは不明)。また車体前面中央に前照灯を装甲蓋付きの格納式に装備した。
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