両親と病院の意見対立
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2019/04/13 12:26 UTC 版)
「チャーリー・ガード」の記事における「両親と病院の意見対立」の解説
チャーリーは生後まもなくミトコンドリアDNA枯渇症候群と診断され、2016年10月から治療が開始された。しかし2017年3月、病院側は脳の損傷がすでに回復不能だと判断し、イギリス高等法院にチャーリーの生命維持装置を取り外す許可を求めた。両親は米国での実験的治療を望んだが、この治療法は実験例もなかったため法院は本人にさらに苦痛を感じさせる可能性があるとして、4月11日に尊厳死を認めるべきだと判決を下した。また、チャーリーの国外輸送を禁止した。 両親は欧州人権裁判所にチャーリーの件を審議させるため、回復不能の損傷が発生する可能性のある危急の場合にのみ認められる暫定措置を申請した。6月13日、欧州人権裁判所は「当事者の利益と適切な訴訟行為」を守るためとして両親の申請した暫定措置を適用し、イギリス政府に対し6月19日まで適切な治療を継続するよう命じた。審議の結果、欧州人権裁判所は6月27日に高等法院の尊厳死を認めるべきという判決を支持した。 7月9日、両親はグレート・オーモンド・ストリート病院(英語版)に対し、35万人以上の署名を添えて治療継続を求める嘆願書を提出した。 7月10日、高等法院は治療に関する新証拠があるという訴えを受け、審理を再開した。この新証拠の一部は平尾教授が提供したものであり、この治療により臨床的に大幅な改善を示す可能性は11 - 56 %あるとされていた。しかし、7月24日に法廷闘争は終了した。この日の高等法院での意見陳述では、前週に撮影したMRI画像でチャーリーの筋力が回復不能な段階まで低下していることが判明した。この検査は当時ロンドンを訪問していた平尾教授の要請で行われたものだったが、筋肉の消耗は既に手遅れになっていた。両親の弁護士は高等法院の判事に対し、両親が治療を断念したのはチャーリーの最新の脳スキャンの結果が理由だと伝え、チャーリーの「残された時間がなくなった」と語った。また、実験的治療がもっと早期に提案されていれば助かったかもしれないとも述べた。 その後、自宅に連れ帰ることを希望する両親とホスピスを勧める病院が再度対立したが、7月27日、高等法院はチャーリーをホスピスに移すと判決を下した。同日にホスピスへ移送され、翌28日に生命維持装置を外され死亡した。1歳の誕生日を迎える1週間前のことだった。
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