両親と養父
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/05 05:19 UTC 版)
5歳の頃に、27歳だった母を結核で亡くした森は、幼かったこともありその後周りには「母の記憶はほとんどない」と語っていた。森が成城中学校に進学した2ヶ月後、父である有島が人妻との不倫の末心中を遂げた(心中について詳しくは有島武郎を参照)。その後1948年に受けた(雑誌「美貌」)のインタビューで、「大活字でデカデカ扱われた父の新聞記事を見つけてまるで電流にふれたようにハッとしました。その時の胸の衝動は一生、かき消すことは出来ないでしょう」と語っている。 有島記念館の現在(2021年10月)の主任学芸員によると、「森さんは自殺した父親に対して愛憎相半ばする気持ちを抱いていたと思います。しかし、戦後森さんがスターになった時の演技からは、海外経験豊富なインテリの有島一族の血脈と、出生地の北海道の大陸的雰囲気を感じます」と評している。 有島の死後、森を含めた3兄弟は有島生馬に引き取られたことから、森は生涯生馬を敬愛した。芸能界入りした後も森は毎年の正月の挨拶を欠かさず、生馬のもとを訪れては有島の思い出話などに花を咲かせたという。
※この「両親と養父」の解説は、「森雅之 (俳優)」の解説の一部です。
「両親と養父」を含む「森雅之 (俳優)」の記事については、「森雅之 (俳優)」の概要を参照ください。
- 両親と養父のページへのリンク