レインボー時代(1975年 - 1984年、1995年 - 1997年)
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1975年、ソロ作品の制作過程でボーカリストのロニー・ジェイムス・ディオらを起用し、ディオが在籍するバンド「エルフ」を吸収する形でロックバンド「レインボー」(当初はRitchie Blackmore's Rainbow)が発足。合意形成型のディープ・パープルと違い、あくまでブラックモアのソロ形態を延長したワンマン・バンドであった。 当初はディープ・パープルの路線を踏襲しつつも、ブルースロックと中世的な音楽の両方を取り入れたハードロックを目指していた。2ndアルバム『虹を翔る覇者』でボーカル以外のメンバーを入れ替える。ドラマー コージー・パウエルらが新加入し、黄金時代を迎える。その後もアルバム毎にメンバー交代が行われ(以降のバンド自体の概要/活動歴は「レインボー」を参照)、次第にアメリカ市場を意識したポップセンスのある曲調が多くなっていった。 1984年、ブラックモアがディープ・パープルの再結成に合流するため活動を休止。 ディープ・パープル再度脱退後の1995年、リッチー・ブラックモアズ・レインボー名義でバンドを再興する。アルバム『孤高のストレンジャー』をリリースし、メンバーも新規に編成した(旧メンバーは、ツアー・メンバーとしてドラマーのチャック・バーギが参加したのみ)。1997年に再び活動を停止。 その後、全盛期時代のメンバー ロニー・ジェイムス・ディオ、コージー・パウエルを含んだ再結成の話が持ち上がったが実現に至らず、ディオやパウエルの死去によりクラシックメンバーの編成は幻に終わった。
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