ルイジアナ州立大学とは? わかりやすく解説

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ルイジアナ州立大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/25 13:29 UTC 版)

ルイジアナ州立大学
種別 州立大学 旗艦校[1]
設立年 1860年[2]
資金 $5億5480万 (システム全体)[3]
総長 F. King Alexander
職員数
4,823[4]
学生総数 29,865[4]
学部生 24,931[4]
大学院生 4,934[4]
所在地 アメリカ合衆国
ルイジアナ州バトンルージュ
北緯30度24分52秒 西経91度10分42秒 / 北緯30.4145度 西経91.1783度 / 30.4145; -91.1783
キャンパス 都市部 2,000+エーカー (8.1 km²)
スポーツチーム タイガース
スクールカラー 紫・金[5]
   
マスコット Mike VI
スポーツ関係の
提携関係・加盟団体
NCAAディビジョンI
サウスイースタン・カンファレンス
公式サイト lsu.edu
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ルイジアナ州立大学(Louisiana State University, LSU)は、アメリカ合衆国ルイジアナ州の州立大学。州都バトンルージュにある。正式名称は「Louisiana State University and Agricultural and Mechanical College」。ルイジアナ州立大学システム4校の旗艦校である。

概要

1860年の創立当時はバトンルージュ市のダウンタウンに位置していたが、1926年にミシシッピ川に近い現在地に移転した。ランドグラント大学とシーグラント大学(en)の両方に指定された全米でも数少ない大学の一つである。2013年秋の時点で学生総数は29,865人(うち学部生24,931人、留学生1,593人)、教員総数は1,232人である。図書館の蔵書数は南部屈指で380万冊を越える。プログラムは全部で8つのカレッジ、5つのスクールから構成され、石油産業が盛んな土地柄、石油工学部や農学部、体育学部などが有名である。

キャンパス

ダウンタウン・バトンルージュの南方に位置しており、西側はミシシッピ川に面している。面積は約800ヘクタールで、約250の建物で構成されている。1925年から1940年の間に建設された建物が多い。キャンパスは高台にあり水害の危険性は比較的低い。

キャンパス中心部

スポーツ

LSUのスポーツ・チームはタイガース (Tigers) 、レディータイガース (Lady Tigers) 、ファイティングタイガース (Fighting Tigers) 、と呼ばれ、NCAAディビジョンIサウスイースタン・カンファレンス西部地区に所属している。

フットボール

これまで通算4度にわたり、全米チャンピオンとなっている。シュガーボウルでは2004年1月の全米選手権試合を含め、2006年までに5回勝利している。2007年のNFLドラフトでは、全体1位指名のジャマーカス・ラッセル(QB)をはじめ、4人が1巡目で指名された。2007-08年のシーズンでは、BCS全米チャンピオンシップ決定戦に進出。オハイオ州立大学を破り、4年ぶり3回目の全米チャンピオンに輝いた。2019-20年のシーズンはハイズマントロフィーの受賞者、ジョー・バローを擁し、史上初となる全勝優勝を達成。このチームは全米フットボール史上最強と称されることが多い。

野球

メンズ・カレッジ・ワールドシリーズを通算7度制しており、全米屈指の名門校として知られる。7度の優勝は南カリフォルニア大学の12度に次ぐ回数である。

バスケットボール

男子チームはシャキール・オニールを輩出したことで有名。1953, 81, 86, 2006年の4度に渡ってファイナル・フォーに進出した。女子チームは第85回全米大学選手権大会で初優勝。

その他

陸上競技をはじめ、水泳体操テニスで全米上位にランクインしている。

著名な出身者

MLB
NBA
NFL

脚注

  1. ^ “LSU Flagship Agenda”. Louisiana State University. (2006年1月1日). http://www.lsu.edu/flagshipagenda/ 2009年8月19日閲覧。 
  2. ^ The History of LSU”. LSU Office of Communications & University Relations (2009年1月28日). 2009年3月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年10月10日閲覧。
  3. ^ Part One
  4. ^ a b c d url=http://www.bgtplan.lsu.edu/quickfacts/fall2013/2013%20LSU%20Fall%20Facts.pdf
  5. ^ LSU Colors”. LSU Office of Communications & University Relations (2009年9月23日). 2009年10月10日閲覧。

外部リンク


ルイジアナ州立大学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/16 23:26 UTC 版)

ボブ・ペティット」の記事における「ルイジアナ州立大学」の解説

高校卒業後は奨学金得てルイジアナ州立大学(LSU)に進学公式戦デビューとなる2年生195152シーズンには(当時NCAA規定により1年生公式戦出場できなかった)チームサウスイースタン・カンファレンスSEC2位成績導き自身平均25.6得点13.7リバウンド記録してSEC得点王に輝くとともにオールSECチームにも選ばれた。翌1952-53シーズンには24.9得点13.9リバウンド成績残してオールアメリカン選ばれチーム1935年以来2度目となるSECタイトル制覇成し遂げると、NCAAトーナメントではファイナル4まで進出大学でのラストシーズンとなる1953-54シーズンには31.4得点17.3リバウンド記録してチームSECタイトル連覇導いている。平均31.4得点例年ならばNCAA得点王輝いてもおかしくない数字だったが、このシーズンフランク・セルヴィ平均41.7得点叩き出しており、ペティットは「史上最高の次点者」の地位甘んじた大学通成績平均27.4得点14.6リバウンド全てのシーズンSEC得点王オールSECチーム輝きオールアメリカンにも2度選出された。またペティット記録したシーズン通算464得点シーズン通算フィールドゴール成功170本、1試合フィールドゴール成功23本、そして1試合57得点はいずれも現在も破られていないSEC歴代最高記録である。またSEC外のルイジアナカレッジ戦では60得点をあげている。ペティット大学卒業した1954年には早くも彼の背番号50』がLSU永久欠番となるが、これは同大スポーツ史上初のことであった1974年には「SEC歴史上偉大な選手」に選ばれLSU殿堂入り果たしている。バトンルージュ市内を通る"ボブ・ペティット大通り"は彼に因んでいる。

※この「ルイジアナ州立大学」の解説は、「ボブ・ペティット」の解説の一部です。
「ルイジアナ州立大学」を含む「ボブ・ペティット」の記事については、「ボブ・ペティット」の概要を参照ください。

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